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「きっちり躾ける」とは、私が何をされても従順でいるように洗脳するという意味だろう。鱗を毟られる以上の屈辱と苦痛を与えて。
要するに帝国本部は、当初の目論見が外れて私を持て余しているのだ。躾が行き過ぎて砦を出ることなく死んでも、本部は特別困らない。むしろ都合がいい。
「では、ただのマルリルよ」
イリネイは目を細めて顎をしゃくった。
「これからは我らがボブロフ帝国のためにその身とその力を捧げると誓え」
イリネイの顔には私の悲鳴をもっと聞きたいと書いてある。最初から大人しくしていたとしても何もされない保証はない。
「どうした? 誓えないか?」
挑発に乗せられてはいけない気がして、私は口をつぐんだ。
「提案がある」
カカが、跪いたまま言った。私への圧迫を邪魔されたイリネイは撫然として顎で指す。発言を許されたカカは立ち上がった。
「実力は俺たち一族が身をもって証明した。一晩で広大な森を焼き尽くす火量だ。……知の巨人族は、俺と母だけになった」
「報告は聞いている」
「半島側の動きが予想外だったせいで、本部も処遇に迷っている。躾をしておけというのは、まだ具体的には考えていなかった掛け合わせの相手を探すための時間稼ぎだ」
イリネイの片眉が上がる。
「鱗の生えた女と子を成す──喜んで受ける男がすぐ見つかるだろうか」
話しながらカカが椅子に近づいていく。イリネイは忌々しそうに、しかし止まれとは言わずに座り直した。
「イリネイ閣下、貴殿は望むか?」
「馬鹿な質問を……私には皇帝の血統を守る義務がある」
見下ろすカカから顔を背ける。
「なら問題ない」
カカはその位置で再び跪いた。「この女、俺の嫁に貰い受ける」
「なに?」
イリネイが目を丸くした。ラウルとウゴにも動揺が走ったのを感じたが、一番驚いていたのは私に違いない。カカは後ろ姿だ。どんな顔をして言ったのか。
「随分庇い立てすると思ったら、そういうことか」
含み笑いのイリネイと目が合う。舐めるように私を観察する目つきは下衆そのものだ。
「情が移ったか? 賢者殿」
「神界源流の血族との子供なら、本部も皇帝陛下も興味があるはず。それに知の巨人族は存亡の危機だ。俺にも嫁探しを急ぐ理由ができた。躾も含めて俺が面倒を見るなら、ここに居座る必要はない」
そこまで聞いて、私はやっと理解した。カカは砦に留め置かれずに済むように理屈を捏ねている。でも、シンカイゲンリュウとは?
私の疑問をよそに、カカはイリネイとの睨み合いを続けている。
「却下だ」
イリネイは傍の騎士に命じてカカを退がらせた。
「嫁にするのは勝手だが、躾は我々が本部から承った役目だ。私の一存では譲れんなあ」
早く砦を出たがっているのに気づいての嫌がらせだ。しかしカカは怯まなかった。
「勝手にしていいならそうさせていただく。今から指一本でも俺の妻に触れた者は、命はないと思え!」
立ち上がり、私の手首の戒めを解く。イリネイは気色ばんだが、話はついた。
私を抱き寄せるカカの腕が石床で冷えた体に温かかった。
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