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モニックの街はずれの丘を傾きかけた陽が照らす。見下ろす街並みにはちらほらと夕食を煮炊きする煙が立ち始めた。草いきれに混じって微かに、終わりかけのマルリルの花が香る。
騎士服の下にじっとりと汗をかきながら、クロードは丘を登っていた。落ちた白い花びらが道案内でもするように頂上へと続いている。荷物は腰で揺れる片手剣一本、他には何もない。
宿屋の主人から、目的の女は毎日この丘で時間を潰していると聞いてやってきた。馬と部下たちを衛兵の詰所に置いて、クロード一人で向かっている。
丘の上、まばらな木立の影に、佇む後ろ姿がひとつ見えた。フードに外套、襟巻き。季節外れの旅装には覚えがある。その人物は、クロードの接近を承知だろうに、身動きひとつしなかった。
十分な間合いを残してクロードは立ち止まる。何と声を掛けるかは決めてあった。
「レア」
その声に振り返るのは、かつての少女ではない。
「もうレアではないと言っただろう」
下げた襟巻きから笑みを覗かせて女は、伏せていた目をクロードに向けた。体ごと向き直るが、自分から寄ってくる素振りは見せない。
「お前は、お前だ」
クロードはゆっくりと女に向かって歩き出す。女の足元から伸びる影は、再び襟巻きに顔を埋めて俯く。
燃え盛る炎の熱さ、川の水の冷たさ、傷口から全身に広がる痛み、温かく柔らかい感触、ほのかに甘い──血のにおい。
一瞬だが、鮮明に。
蘇った感覚にクロードは眩暈を覚えて足を止める。女はもう、すぐそこにいる。
「本当に、あのレアなのか?」
クロードは無意識に女のフードに手を伸ばしていた。顔を上げた女の艶やかな瞳がくるりとクロードを捉える。
折りからの風がクロードの指先からフードを奪った。帆のように膨らんで落ちた布から髪が現れ、風になびく。
「……だから、レアと呼ぶのはよせと言ってる」
女は散らかる髪を押さえながらクロードを見上げた。
また強く、風が吹く。無数の白い花びらがクロードの視界を横切って空に巻き上げられていく。その向こうには、軽口にむくれる少女の面影があった。
長い影がふたつ、草地の上に落ちている。夏の陽は沈む寸前でも金色で、向かい合うふたりを平等に照らす。意思を持たぬ草木や石とも同じように。
「そろそろ来る頃だと思っていた」
女は──レアは、いや、マルリルは言った。「一人か? ……そんなわけないか」
「街に部下を待たせている」
行き場のなくなった手で頬を掻きながらクロードは答えた。マルリルが襟巻きを引き上げるのに気づいて、慌てて目を逸らす。
「お前こそ、一緒にいた大男はどうした?」
「あの人は忙しいから」
「お前の……その、連れ合いなのか?」
言い淀んだクロードに、マルリルは笑う。
「そう思いたいだけだろう?」
聞き返されて、クロードは黙る。
マルリルは足元から木切れを二つ拾って、一つをクロードに渡した。
「剣の稽古をしよう。昔、少し教えてくれただろ」
言うか、さっと後ずさって構える。クロードが呆気に取られているところに腰の入った突きが繰り出され、クロードは反射的に木切れでいなした。
「いきなりは卑怯だぞ」
「でも対応できる。さすがだな」
マルリルはさらに打ち込んでくる。力では勝てないクロードの〝剣〟をまともに受けることはしない。しなやかな動きで躱し、外套を翻して間合いを撹乱する。
「ちょっと待て」
クロードは腰の片手剣を外し、騎士服を脱ぎ捨てた。
「お前がそこまで使えるとはな。ここからは手加減なしだ。来い!」
構え直すクロードに、マルリルは自分の〝剣〟を向けた。
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