第7章 - 10 years later - モンテガント公

2/7

92人が本棚に入れています
本棚に追加
/98ページ
 子供たちを見送ると、ロゼが新しい茶を運んできた。給仕を始めようとする彼女をレティシアが止める。 「ロゼ、あの子たちを見ておいてほしいの。ここは、私が」 「かしこまりました」  モンテガント公に一礼して湖へ向かったロゼに代わり、レティシアは二つの器に茶を注いだ。 「それで、お話というのは──?」  茶を供す仕草でモンテガント公を伺う。古くから半島の玄関を保守しアンブロワーズの繁栄に貢献してきたサランジェ家の現当主。クロードとの結婚後、レティシアもしばしば顔を合わせてはいるが、挨拶以上の言葉を交わすのは初めてだ。ましてや、夫不在で対面することなど。  ロゼを見送るように遠くを見遣っていた彼は、緊張した様子のレティシアに笑みを返して、差し出された茶を一口飲んだ。 「突然来て驚かせてしまいましたかな。しかし、手紙や遣いで知らせては、いたずらに心配をおかけするだけだろうと思って参ったのです」 「はあ……」  すでに不安気なレティシアに、今度はモンテガント公が茶を勧める。茶器を持ち上げて口を付け、テーブルに戻すまでの間を待って、彼はゆっくりと話し始めた。 「気を確かにお聞きいただきたい。ラヴァル家は、もうセルジャンへは戻れない」 「それは、もしかしたらと覚悟はしておりました。……改まってお越しになるほど、事態は悪くなってしまったのでしょうか」 「クロード殿が王太子殿下の命に背いて、行方知れずになったようだ」 「まあ……!」  レティシアは両手で口元を覆った。王族に背く──妻として騎士団長を支えてきた身に言葉を失わせる衝撃だった。 「ラヴァル将軍と大魔導閣下は捕らえられたと。中央は今、クロード殿を探している」  義父たちまで! レティシアは眩暈を覚えた。 「気を確かに。まだ何も、詳しいことはわかっていない。中央もまだクロード殿の足取りを掴めておらず、こちらには庇い立てするなとお達しがあっただけです。ただ、長引くようなら……クロード殿のほうから来ていただけるように、あなた方を王城へお連れせねばなりません」  向けられた同情の眼差しは、他に拠り所がない状況をレティシアに思い出させた。生家からも嫁ぎ先からも遠く、情報を得るのさえままならぬ今、この老紳士だけがシーファとの生活を支えている。そして、彼は単なる親切でわざわざ足を運んでくるほど小物ではなかった。 「そこでひとつ、提案がありましてな」  テーブルに肘を突いて、組んだ指に顎を乗せる。目尻の皺を深くして見つめてくる人物は親世代以前から貴族社会に生き、半島統一の戦いをも経験した実力者。中央との絆も強い。その彼が〝提案〟すると言うなら、レティシアに選択の余地はなかった。 「ご令嬢をサランジェ家の養女にいただきたい。帝国貴族へ輿入れするのです」
/98ページ

最初のコメントを投稿しよう!

92人が本棚に入れています
本棚に追加