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第8章 - 10 years later - ウゴの正体
「……チチェク王家の末子だと?」
セルジャン、王城内は玉座の間。宰相の報告にオクタヴィアン国王イアサント・アンブロワーズは眉根を寄せた。脇に控えて共に話を聞いていた王太子ディディエも表情を硬くする。
左右の二将軍も呼ばれていた。玉座に向かって立つ宰相の後ろに跪いている。
玉座の間へと宰相の報告に随伴するのは、報告後の王の判断を速やかに下知する緊急性がある時だけだ。つまり今、それだけの事態が起こっている。
「チチェク王家の証なる指輪を持ち、第三王子ベルカントを名乗っております」
張り詰めた空気に臆するふうもなく、宰相は続けた。
「記録によるとチチェク王直系の親族は半島統一時の戦いで央軍が討ち取ったか、捕縛したのちに自害しており、血統は絶えております」
「ならば偽物か?」
語気荒くディディエが立ち上がる。「それとも、亡霊が出たとでも?」
掴みかかりそうな勢いで宰相に詰め寄った。
「第三王子は開戦以前に逝去したとの記録がございます。おそらく、侵攻への動きを察して先手を打っておいたのでしょう」
「その亡霊がなぜ、火竜軍を従えて向かってくる!?」
「いえ、火竜軍はチチェクに従っているわけではないようです。火竜姫が偽物だったことが明らかになり、旧ラビュタン国としてその報復を名目に掲げております──チチェクの後ろにはボブロフの脅威がございます。保身のため、一時的に手を組んだものかと」
「建前などどうでもいい! 要するにラビュタンはアンブロワーズを裏切った。そういうことだな?」
ディディエは鼻を鳴らして王の脇へ戻った。
「一枚岩になりきれていなかったのは、我がオクタヴィアンも同じだったか……」
玉座から吐き出される王の落胆が場の空気を塗り潰す。
「父上! 覇気のないことをおっしゃいますな! 臣下の前ですぞ!」
ディディエが声を張り上げた。「それで、首尾は?」
宰相は返答の代わりに左軍のブリエンヌ将軍を振り返った。
「敵は、火竜軍──ラビュタン軍と国境侵略のチチェク勢合わせても一万と少し。左軍の五万、火竜領方面に差し向けてございます。セルジャンから北四日のところで迎える見込み。王都の土は踏ませません」
ブリエンヌから直接報告する。
「セルジャンの守りは?」
「右軍の五万にて固めます」
「央軍六万はどうする。ラヴァルに反逆の意思があった場合、右軍だけで押さえ込めるのか?」
「ラヴァルも我々と同じく歴々の将軍職。放蕩息子が一人出奔したところで、殿下のご心配に及ぶようなことは……」
「そうですとも!」
右軍のベロニド将軍が口を挟む。「ラヴァル卿と大魔導プルデンスはこちらの手の内。あの二人なくして六万の兵は動きますまい」
「呑気なことを」
ディディエが一蹴する。「央軍の魔導師団にはチチェク人が多い。王子の生存を流布しているのは内部から呼応させ寝首を掻く算段だと思わないのか!」
「それは……」
ベロニドは口をつぐんだ。
「よい、ディディエ。控えよ」
王の声が静かに響いた。ディディエは憮然としつつも玉座に向かって跪く。宰相と二将軍は平伏した。
「左軍の配置はよい。ブリエンヌは直ちに指揮に向かえ。ラビュタンに身の程を弁えさせよ」
「はっ!」
王の命令に、ブリエンヌは一礼してその場を辞した。
「チチェク人は一人残らず身柄を拘束せよ。少しでもまだセルジャンに残っているなら」
「まさか!」
驚くディディエを片手で制して王は、
「ラヴァル将軍と大魔導プルデンスは釈放し、央軍の指揮に当たらせるよう」
「しかし、まだクロード離反の本意は確認できておりません。危険では……?」
ディディエが伺う。
「ほかに六万を御せる人材はいない。長年の貢献を信じよう」
「解体して右軍に編成しなおせばよいかと」
「付け焼き刃では意味がない。相手がラビュタンとチチェクだけならばそれもよいだろうが」
「ボブロフが援護すると? チチェクの残党にそこまで肩入れするでしょうか?」
「そうだ、繋ぎ役がいる。大陸と隣り合わせているのはラビュタンだけではない」
王の眼が鈍く光る。
「──モンテガント……!」
ディディエは歯軋りした。
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