第1章 - After the day - 謎の男

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第1章 - After the day - 謎の男

十年前の襲撃のあと、少女レアの身に何が起こったのか。 ここで少し、彼女の視点を借りて時を遡る。 -----  目だ。あの男の目がいけない。あのまなざしが、それを受け止めた私の瞳を通して胸の奥底に突き刺さる。貫かれたまま持ち上げられ、足が宙を掻くような感覚。落ち着かないのに不快ではないということも、その気持ちを振り払えない自分も気に入らない。  飼い葉桶や農具を蹴散らしながら路地を走る。舗装のない道は昨日の雨でぬかるみ、何度も足を取られた。泥水を吸ったローブの裾が張り付いて、思うように歩幅を稼げない。  このままでは追いつかれる。無関係の住人には申し訳ないが、積まれた樽や材木があれば通った後に倒していく。物音で人目を引ければ男も手を出しにくくなるはずだ。小さな農村の、寄り添い合うように建った民家の隙間。ここで火は使えない。家並を抜ければ、その先は農地だ。追ってくる男には、そこで燃えてもらう。  あの人の蘇生に動転した私は、闇雲にその場から逃げ出して、襲撃の現場まで戻ってしまっていた。三日前のことだ。生きてほしいと願ったくせに、叶えた瞬間に恐ろしくなった。禁忌に触れた実感に震え、人間とは違う自分を痛感した。  戻らなければ、と思う。でも、すべてが夢で、あの人の亡骸を確認することになるかもしれない。すべてが現実で、死人を蘇らせた力を認めることになるかもしれない。どちらも怖かった。  体はすでに川を渡っていた。また濡れる、でも、首元から裾までを染める血を流さなければならなかったし、どのみち、あの人の側にはいられない。私が近くにいると、迷惑をかける。……クロード。  現実逃避なのはわかっていた。ただ逃げたかっただけだ。振り切りたい事実は、自分の体にぴったりと重なってついてくるというのに。  この身を焼いてしまうのが早かっただろう。一方で、自分が何者なのか、知りたい気持ちが私を突き動かした。  最初に男に会ったのは、生乾きのローブのにおいにも慣れた頃だった。私は枝葉の焼け落ちた幹の間を、元々進んでいた街道まで戻ろうとしていた。まだ所々で煙が立ち上って、着替えや食料を積んでいた荷馬車の無事は絶望的だったが、街道に沿って歩けば次の街まで行ける。ひもじくても水さえあれば何日かもつということは、火竜姫になる前の経験で知っていた。    焦げた森は見通しがいい。木立の間に人影を認めたのは、街道が見えてきたところで腰を下ろして一休みしていた時だった。
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