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雪のように白い小さなキツネが、すやすやと眠っていた。
長いふさふさの尻尾を、全部の脚で抱き込むようにして丸くなっている。
一見すると、ぬいぐるみのようだが、よく見れば呼吸のたびに薄い腹が動いているし、耳の辺りも細かく動いている。「もうたべられないよぉ……」という寝言のお手本のような声まで聞こえてくるのは、気のせいでもなんでもない。
「ユキ、ここにいたんですか」
そういえば、見かけなかった。店に来てからの流れを早送りで回想してみたが、確かにユキはどこにもいない。俺のバイト中は、従業員か、客か、あるいはペットか。いずれかの姿で、俺の周りをぐるぐるしていることが多いのに。
「今日は朝からお店に出て、一生懸命お手伝いをしてくれたッス。スーくんが来る前には、もう疲れて寝ちゃってたッスよ」
「朝からですか? シキさんは?」
ユキの父親であるシキさんは、娘が店に出ることをあまり快く思っていないらしい。そのシキさんから了解を得たのだろうかと聞けば、店長は昨日からお出かけしてるッス、という意外な答えが返ってきた。
「ユキちゃん、ユキちゃん。起きてくださいッス。お腹すいたッスよね、ごはんにするッス」
ごはんという言葉に反応して、ユキの耳が一度大きく動く。やがて勢いよく頭を上げた姿が、陽炎のように、ふわりと歪んだ。
もう何度も見ているはずなのに、俺は未だにその仕組みがよくわからない。キツネの小さなシルエットが、内側から淡く光を放つ。そのまま、とろりと溶けて形を変えたかと思えば、もう次の瞬間には、白く長い髪を編み込んだ少女が、四つん這いの姿勢でこちらを見上げていた。
活動的かつ現代的にアレンジされた和風の制服を着て、いらっしゃいませぇ、などと寝ぼけながらも接客をしようとする姿勢は、まぎれもなく、このカフェの立派な従業員だ。社会的な労働をするには、見た目が少し幼すぎるという点を除けば。
「もう、お仕事の時間は終わりッスよ、ユキちゃん。お疲れさまッス」
「んん~……あれ、ユキねちゃってた? ごめんね、ノルさん。……あれ、スーちゃんだ!」
俺を見るなり「おはよう」と笑顔を咲かせ、立ち膝のままやってくるユキの頭を、わしゃわしゃとかき混ぜる。
「おそようだ」
「えへへ、おそよう!」
髪を思いっきり乱されたというのに、ユキはまったく直そうとしない。それどころか嬉しそうに笑いながら立ち上がり、畳の上でぴょんぴょん跳ねた。
「さ、まかないできましたぜ。三人とも、いらっしゃい」
「はーい!」
厨房からのゲンさんの呼びかけに元気に返事をしたユキは、ためらいも危なげもなく座敷から勢いよく飛び降りた。つい先ほどまで爆睡していたとは思えない瞬発力でカウンターに向かう後ろ姿を見送ってから、俺は傍らで座布団を直すノルさんへ疑問をぶつける。
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