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いや、それはだめだって。そのタイミングで声をかけてくるのは絶対だめだって。
ヤッホーの要領で手でメガホンまで作った気合い十分な呼びかけを途中で邪魔されてどうしていいかわからずに固まっている今の俺の気持ちになって考えてみたらわかるから。本当に申し訳ないことしたって心の底からわかるから。
「筒井、おーい?」
「……登場がいつもいつも唐突だっつっても流石に限度があるわ、在里お前!! どこにいた!」
「そこの柱の裏。いつ話しかけようか、ずっと迷っててさ」
「そのままずっと迷ってろ! なんでよりにもよって今をチョイスした!」
在里が指を差した先にある柱は、俺が背にしている3号館側にあり、ちょうど死角になっていた。自分のうっかり具合を呪うと同時に、なんでこいつはそんなとこにいたんだと、たぶんに八つ当たり気味な怒りが湧いてくる。まあ、それが照れ隠しからくるものだということは自分でも承知しているので、その苛立ちはひとつの溜息とともに簡単にどこかへいってしまったが。
「悪い悪い。きょうも探し物か?」
あくまでも純粋に、どこまでも爽やかに、そいつは笑う。
おそらく、新緑の季節の風とか、水面に反射する光とか、そういう穏やかさの象徴みたいなものをひとつにまとめて丁寧に細工を施せば、こういう人間ができあがるんだろう。
それが俺の、在里颯真に対する印象だ。端的に言えば、俺とは住む世界が真逆な人間。学校の端と端、対角線上にいるような存在。同級生ではあるが、クラスは違う。当然、接点などないから会話をする理由もない。ないはずだ。
にも関わらず、こいつは今のように簡単に話しかけてくる。
「手伝う?」
「だからいらねーっていつも言ってんだろ、帰れ帰れ。ってか、お前、部活じゃないのかよ」
「ああ、うん。今日は、ちょっとな」
放課後に遭遇するときは、こいつはいつもジャージを着用していたと思ったが、今は俺と同じ夏仕様の制服だ。部活自体が休みなのか、それとも単純に在里がサボっただけなのか。後者であれば、らしくないとは思うが、どちらにしても、そこまで興味はない。
むしろ、暇な在里が、このままずっとここに居座り続けてしまう可能性が高まったことに焦りを感じた。探し物に対して呼びかけるという手段が使えないまま、今この瞬間にもバスの発車時刻はどんどん迫ってきている。とにかく駐車場のあたりに絞って探し始めようと、俺は在里を放置し、ある程度の距離をとってから捜索を再開した。
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