母親が間違えて買ってきたんだ

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「ということで、結界については心配いりやせん。問題はタイムリミットのほうです。イレギュラーらしく、浸食の進みも普通の狐憑の数倍早い。このままだと残り三十――いや、二十と待たずして同化が完了しやす」 「っ!」 「二十分ですか……!?」  大きく体を震わせるユキに共鳴したかのように、俺の心臓も跳ね上がった。  いくら何でも早すぎる。まだ何の打開策も見つけていないのに。いや、やるべきことはわかっている。こちらの勝ち筋は、狐守である俺が狐憑きに直に触れる。それだけだ。――ただ。 「この風じゃ、在里に近づけませんよ……!」  荒れ狂う暴風に、変化はない。相変わらず結界を破壊しようとしているのだろう。一定の間隔で、強い風と、強すぎる風の波が交互に押し寄せてきて、気の休まる時がない。 「――?」  ふと、小さな違和感を覚えた。そうだ。。  野狐は、俺たちが結界の中に入ったことに気づいている。狐守の俺がいることを、確かに認識したはずだ。それなのに、行動パターンが変わらない。 「……野狐はどうして、まだ結界を壊そうとしているんでしょう」 「うえっ!? どういうことッスか、スーくん!」  聞こえにくいから、おっきな声でお願いするッス! などと、俺のすぐ後ろで叫んでいるノルさんのために、顔と声を同時に上げる。 「結界を壊すより、俺をピンポイントで狙ったほうが絶対早いじゃないですかっ! こんな台風みたいな風を操れるなら、かまいたちだろうが竜巻だろうが起こせるはずでしょう!?」  現に、以前バトルした狐憑は、真っ先に俺を風で吹っ飛ばそうとしてきた。キツネの中でも屈指の強度を誇るゲンさんの結界を壊すことよりも、ただの人間にしか過ぎない俺を昏倒させたほうが遙かに楽だからだ。当然、在里に憑いた野狐も、その方向にシフトチェンジしてくると思っていたが……。 「単純に、今の時点で足止めに成功してるからとかじゃないッスか? 現にオレっちたち、ここからぜんっぜん動けてないッス!」  確かに、最終的に結界を壊すことができなかったとしても、結界を壊すという手段を用いている限り、俺たちは狐憑に近づけない。このまま逃げ切れるのだから、わざわざ行動を変える必要もないというノルさんの意見は納得できる。  納得はいくが、俺はまだ、どうしても何かが引っ掛かる。  何かが、違う。何かが――? 「スーさんには、気になることがあるんですね?」 「……はい。それと、試してみたいことも」  どんな風にも吹き飛ばされる心配はないだろう重い声に、俺はゆっくりと頷く。  唐突に思いついた、策などとはとても言えない無謀の塊だが、今はそれしか手立てがない。 「ノルさん」 「はいッス!」  自分の疑問に対する答えが得られるかもしれなくて。  この風が、ほんの僅かな間だけでも収まるかもしれない、一手。 「ここから、あいつがギリギリ防げるくらいの火力に調整した炎をぶっ飛ばしてもらってもいいですか?」
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