母親が間違えて買ってきたんだ

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「ひょえッス!!」 「スーちゃん!?」  当然すぎる反応として、ノルさんとユキが同時に悲鳴を上げた。ゲンさんが何も言葉を発することなく成り行きを見守ってくれていることが、ありがたい。お陰で、俺も何とか冷静でいられる。  いや。こんな発想が出てくる時点で、実はもう既に大分おかしくなってるのかもしれないが。 「ななななんでそうなっちゃったッスか!? せ、説明を――している時間はないッスよね、残り十八分くらいしかないッスもんね! で、でででも危ないッスよ! っていうか、オレっちッスか!?」 「ゲンさんはサポート担当だし、ユキに至っては力の加減が下手なうえに火力が強すぎるし、そもそも――」 「あー! わかってるッス! ユキちゃんにお母さんを攻撃させるようなことは流石にできないッス! わかってるッス! けど! けど! オレっちッスかーーー!!!」  大声で嘆きながらも、ノルさんは俺たちから少し離れた場所に移動して、自分の立ち位置を迅速に確保する。文句という形で思考を外に出すことにより状況を簡単に整理しつつ、頭の中ではもう自分がやるべきことの算段を立て始めている。意外にも、ノルさんにはそういうところがあった。 「あくまでもギリギリでお願いします。弱すぎても意味がない」 「ひぇえええ無茶ぶり怖いッス! 失敗しても知らないッスよ!?」 「しませんよ」  自分でも不思議なほど、強い響きを帯びた声が漏れた。回遊魚よろしく、騒ぎ続けなければ死んでしまいそうなノルさんには極めて珍しいことに、完全に沈黙したまま、きょとんとこちらを見つめてくる。 「ノルさんが出力を誤ったり、狙いを外すなんてこと、有り得ません」  そう。ただの一度も、本当に一度も、お目にかかったことはない。  何度も窮地を救われた。何度も足を踏み出せた。  ノルさんじゃなければ、この提案は成功しないし、そもそもノルさんがいなければ、こんな無茶苦茶な発想は生まれなかった――と、自然な流れで責任転嫁することも忘れない。冗談はさておき。何はともあれ。 「頼みます、ノルさん」 「……ッス! 頼まれたッス!」  嬉しそうに返事をしたノルさんが、ぱんっと、いい音をひとつ立てて柏手を打つ。その合わせた手から、透明な靄のようなものが立ち上がった。この強風にも流されることなく、徐々に光を帯び、徐々に大きさを増していく。  ある程度の形に育ったところで、ノルさんは左手を前に押し出し、逆に右手は大きく引き絞った。そう、のだ。弓道用語を用いたのには理由がある。  炎でできた弓と、炎でできた弦と、炎でできた矢が、その瞬間、同時に生まれていた。  狐火という言葉が示すように、キツネたちはほとんどが火を使うが、ノルさんはとにかくその炎の調整がうまい。形状を変える、温度を変えることなど、お手の物。意外にも、器用なひとだった。  だから、任せられる。 「……ユキ、いいか?」  確たる制止の声が上がらなかったことをいいことに勝手に話を進めてきたが、在里の娘のユキが否と言うなら、すぐにやめるつもりでいた。 「うん」  けれど、ユキは大きく頷く。ただ正面を、ただひたすら在里だけを見つめながら。 「スーちゃんを、を――しんじてる」
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