もう、我慢しなくていいぞ

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「さすがに状況が状況だったので、万が一の可能性も考えまして。姐さんに何かあったら、十回死んでも詫び足りねぇですから」 「……そこまで大事なら、常日頃からシキさんが自分で守ってればよかったじゃないですか」  思わず口をついて出た幼い抗議に、自分で驚く。けれど、この恐れ知らずの感情は使えそうだった。吐き出し続けたそれを、飛び石のようにいくつも置いていけば、きっと溶岩の海を超えてユキの隣に辿り着ける。  がんぜないお子様を宥めるように、ゲンさんが「そうですね」と小さく笑った。 「でも、それはできなかった。姐さんは死んだと、お嬢に告げたあの日から、旦那自身も姐さんとの接触を一切絶ったんです。お嬢が二度と会えないのに、自分だけが存在を感じることなど許されないと――おそらくは、そう考えて、姐さんのことをあたしに一任した」 「それで、ゲンさんが在里を……」 「はい、幼いころから見守っていやした。報告は不要と言い渡されていたんですがね。互いの行動範囲がバッティングして、うっかり遭遇してしまうかもしれないとかなんとか適当な理由をつけて、通っている学校程度の最低限の情報は旦那の耳に入れるようにはしていやした」  そうか。狐し庵でシキさんに正式に挨拶をした日。天ヶ瀬高校と答えた途端、目の前からシキさんが消えたこと。あれは俺に見切りをつけたわけではなく、ただ在里と同じ学校に通っていたから。  なぜ、そうまでして。どうして、そこまで拒絶しなければいけないんだ。――かちりと、新しい飛び石が増える音がする。 「……どこからどこまでが、ゲンさんの計画だったんですか?」 「スーさんは勘がいい。でもね、計画だなんて呼ばれるほど大層なことを企ててたわけじゃありやせんよ」  突拍子もない俺の呟きを、ゲンさんはあっさりと拾う。ずっと燻り続けていた疑問。在里が狐憑になったのは自分の失態だとゲンさんは言っていた。その割には、迷いがなさすぎる。冷静沈着はゲンさんの代名詞だが、それとはまた別種の何か。全てを知っている者の、決意だとか覚悟だとか、そんな揺るぎないものが根本にあるような気がしていた。 「最近、各地で狐憑の動きがおかしいという報告が上がっていやしてね。確証も一貫性もないので、スーさんにはまだお伝えしてなかったと思うんですが」  それもあって、在里の見守りの頻度を自主的に増やしたこと。  およそキツネに憑かれる心配など欠片もない在里の周りで、数ヶ月前から野狐の気配を感じ始めたこと。  その野狐には在里への悪意がないと、最初からわかっていたこと。  シキさんへ報告する義務がなく、また必要性も感じなかったため、そのまま監視の継続を選択したこと。  そこまで説明して、ゲンさんは一度、言葉を切った。 「利用できるかもしれないと思ったんです」 「……利用?」 「野狐が、旦那と姐さんを繋げる糸の役目を果たしてくれるんじゃないかと」
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