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「俺は、あなたのことが聞きたい。あなた自身の気持ちが知りたい」
在里のためではなく。ユキのためでもなく。
シキさんが本当はどうしたいのかと、在里は聞く。
「俺は決めたよ。この子と一緒に、狐守になる。この人生でも、あなたたち優しいキツネと関わって生きていきたい」
気狐になった野狐を優しく撫でながら、在里は宣言する。決意を込めた視線が、まっすぐにシキさんを射貫く。
これで本当によかったのか、俺にはわからない。むしろ在里が狐守になることを必死で阻止しようとしたシキさんの気持ちのほうが、今となっては理解できる。
狐守として生きるということは、普通の人間よりも無駄に傷つくということだ。余計に苦しむということだ。いつか、後悔だってするに違いない。けれど、それでも大事なひとたちの傍にいたいという在里の思いも、俺にはよくわかってしまう。
なにが間違ってるとか、なにが正しいとか。きっと幸せだろうとか、幸せじゃないかもしれないとか、そんな括りは、いっそどうでもよくて。
たとえどんなことがあっても、ここでなら自分らしく笑える。ただ、そう思える場所にいたいだけなんだろう。
「おれは……」
固く閉じていた唇を、ほんの少しだけ開けて絞り出した声。在里の視線から逃げるように、シキさんは赤い目を伏せる。
「――お前を、殺した」
全身が、ぐっと強張る。油断していたところに、頭から冷や水をぶっかけられた。
本当に、そのままの意味なのだろうか。シキさんの自責の念による歪曲であることを、願わずにはいられない。いや、それ以前に。前世の在里の最期という、薄氷でできた繊細な細工物のような記憶に、第三者の俺が触れてしまってもいいのか。
哀しい別れだったのだろうということは、ユキやシキさんを見ていればわかる。正直に言えば、聞くのが少し怖い。それでも、耳を塞ぐことはできなかった。俺の腕は既に、俺よりも小さい生き物で塞がっている。
「ううん、ちゃんと生きてたよ。ずっと、あなたたちが覚えていてくれたから。……でも」
罪の意識を抱えて動けないでいるシキさんへ、そんなことは取るに足らないことだとでも言いたげに在里は笑う。けれどやはり最後には、語尾と表情が曇った。
「そのせいで、あなたにそんな顔をさせ続けてしまっていたのだとしたら……俺はやっぱり、あんな風に死ぬべきじゃなかったね」
ごめんね、と。在里の口元が、そんな謝罪を形作ったように見えた。シキさんと、そしてユキには声が届いたのだろう。白いキツネの震えが、腕を通して僅かに伝わってくる。俺は何も気づかない振りをしながら、ユキを軽く抱え直すように揺さぶってやった。
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