とある狐守の愉快な日常

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 古民家カフェ狐し庵の本日の営業も、無事に終了した。片付けが落ち着いて一段落したところを見計らったかのように、レインの通知音が鳴り響く。 「お。そろそろ着くってよ、在里」 「! ユキ、おむかえにいってくる!」  送られてきた文面を簡略化して読み上げてやれば、今日も手伝いのためカフェに出ていたユキが跳ねるような勢いで食いついてくる。そのまま制服姿で店を飛び出していくユキの背中に向けて、かろうじて「転ぶなよ」という一言だけを投げかけた。 「ちょっとはしゃぎすぎじゃないですかね、あいつ」 「無理もないッス! ようやく、お母さんと一緒にいられるようになったんスから! それにしてもスーくんってば、やっと普通にソーくんと連絡が取れるような間柄になったんスね! もうすっかりお友達ってカンジでオレっちは嬉しいッス!」にししししと、掃除の手を一度止めたノルさんが、こちらを元気に振り返る。 「何目線で感激してるんですか。そもそも、ノルさんがマッハで距離を詰めすぎなんですよ。ソーくんって。ソーくんって。まだあれから一週間も経ってないのに、ちょっと生き急ぎすぎなんじゃ?」 「出会ったその日にアドレスを交換するのは基本中の基本ッス! オレっちから見れば、オレっちたちより寿命の短いスーくんが、なんでそんなにモタモタしてるのかが疑問なんスけど! どうせいつか友達になるなら、すぐになっちゃったほうが時間的にお得じゃないッスか!」  そんなノルさんの魂の持論を、俺は大きく首を振って打ち返した。「タイミングってもんがあるんですよ。人間は繊細な生き物なんです」  手よりも遙かに口が動いているような気もするが、ノルさんと一緒ならいつものことだ。会話の応酬をしながら閉店後のルーティンをこなしていると、やがて遠慮がちな音を立てて扉が開いた。 「こんばんは、お邪魔します」 「あ! いらっしゃいッス、ソーくん! 今日も部活お疲れ様ッス!」  学校指定の白い半袖シャツの上に、部活用の大きなバッグを斜めに掛けた在里が、店の入り口にひょっこりと姿を現した。片手は小さな娘の手としっかり繋がれていて、その延長にあるユキの顔はといえば、溶けたマシュマロのようにふにゃふにゃだ。見ているこっちまで、頬の筋肉が緩んでしまう。  何も事情を知らない人の目には、仲の良すぎる高校生の兄と小学生の妹としか映らないだろう。中身が実は母子などとは夢にも思わないだろうし、正直に言えば未だに俺も混乱する。 「すみません。お言葉に甘えて、ご相伴にあずかります」 「そんなに固くなることないッス! 今回はそもそも、ちょっとしたソーくんの歓迎パーティーみたいなもんなんスから! 堂々とご馳走されてほしいッス! ね、ゲンさん!」  奥まった厨房の中から「その通りです」と、今まさにご馳走づくりに精を出しているゲンさんの声だけが飛んでくる。 「ありがとうございます。あ、そうだ……ゲンさん」  ユキを連れたまま、正確にはユキにくっつかれたまま、在里がカウンターへと移動する。そのまま肘を立てて、ひょいっと身を乗り出した。 「先輩の件では、どうもありがとう。甘党だったらしくて、すごく喜んでくれた。こんなにおいしいプリンを食べたのは初めてだって感激してたから、近々お店にも来るんじゃないかな」 「それはよかった。いつでも大歓迎ですと、お伝えくだせぇ。姐さんの先輩ならサービスさせていただきやす」 「うん、よろしくね。あ、何か手伝おうか?」早速、腕まくりをする在里を、横からすかさずカットインしたユキが止める。「ユキがおてつだいするからだいじょうぶだよ! おかあさんは、すわってまってて!」 「と、お嬢も仰ってやすので。どうぞ、ごゆるりとお待ちくだせぇ」  ユキに続いてノルさんまでもが厨房のお手伝いへと消えていく中、俺はトチノキの大きなテーブルの、よりにもよって一番端っこの下座に腰掛けた在里の背後に近寄る。もちろん、今回の主賓の退屈を紛らわすためだ。つまり、おもてなしだ。断じてサボりではない。
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