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突風が、吹き抜けた。
在里の首の辺りから、かろうじて覗いているキューちゃんの尻尾。
それを捕まえるために伸ばした右手が、在里の顔の横を通過する、直前。
「っ!?」
――目に見えない低反発クッションのような風圧に、横から殴られるように、弾かれた。
前触れのない自然のきまぐれに驚いて周囲を見回すが、所々に点在する木々の揺れに異常はなく、空は青く晴れたままだ。第二波を警戒してしばらく動きを止めてみたものの、遠くで風が暴れているような音も聞こえない。
なんだったんだ、と疑問符を浮かべる俺の頭上に、いつの間にかキューちゃんが飛び乗ってきていた。「きゅ、きゅ」と何やら興奮して騒いでいるが、デフォルトなので放っておく。
「筒井、大丈夫か……?」
視覚を閉ざし、聴覚まで封じていた在里でも、自分の眼前を駆け抜けていった強い風には気付いたのだろう。すぐ近くから聞こえてきた、焦りの響きを帯びた声に驚いて顔を向ければ、こちらを見つめる在里の気遣わしげな目と、目が、あう。
「……っいや、ただの風だろ。んな、心配することでも」
「そう、だな……」
突風どころか天変地異が起ころうとも、凶悪怪獣が出現しようとも、全く動じることなく笑っていそうな在里が。ただの風に、ここまで過剰な反応を見せていることに少なからず違和感を覚えるが、それ以上に……なんというか。女性的とは言えないが、男性的とも言いづらい、小さく整った顔が至近距離にあるというのが……すこぶる、居心地が、悪い。
「けがを――」
「してないしてない。……お前、なんか変だぞ」
こいつはいつだって変だが、きょうの変は変の種類が違う。俺は、わずかに痺れているだけの右手を、無傷の確認という意味と、在里の視界を遮るという意図をもってかざしてやる。それを盾に、こっそりと一歩だけ下がることも忘れない。
「そうかな……あ、探し物は?」
「見つかったし、回収した」
「きゅ!」
「なら、よかった」
在里に、ようやく笑顔が戻る。回収されました! とばかりに嬉しそうに返事をしたキューちゃんが、俺の頭頂部をてしてし叩いているのが心底うっとうしいが、いつものことなので気にしない。――それにしても。
「……お前さ。いつもそんな感じで軽く流してるけど、この状況に疑問とかないわけ?」
「疑問はないけど、質問はあるかな」
「なに」
「筒井って、レインしてる?」
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