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俺は持っていたビジネスバッグを思いっきり床に叩きつけ叫んだ。
「愛してるんだ!」
俺に背を向けて窓際に立っていた彼女の、その後ろ姿からでも後悔と悲しみに撃ち抜かれたのがわかった。
微かに震える彼女に、俺は努めて優しい口調で話しかけた。
「結婚する、これから君の全てを俺が守るんだ。隠し事なんてしないでくれよ。」
彼女は伏せていた顔を上げた。彼女の目の前の窓には東京の夜景が輝いていた。そのキラメキの中に、彼女の何かを決心した泣き顔が反射していた。
窓に映る彼女と目が合った。刹那見つめ合って、彼女がゆっくり振り返った。目が赤く腫れて、涙の流れる頬には髪の毛が乱れて張り付いていた。
その顔を見て俺は、今まで見た中で一番素敵だと思った。
「ありがとう。」
彼女は手の平全体で涙を乱暴に拭いながら微笑んだ。
「私、ずっと独りだったから、だから、」
俺は堪らず彼女に駆け寄った。そして、まだ涙で濡れている頬にそっと手を当て、その熱っぽい彼女の顔を俺の方へ向けた。
「これからは独りじゃないよ。」
またクシャクシャになりそうなのを隠すように彼女は俺の胸に顔を埋め、大きな声を上げ泣き出した。俺は背中に回した手で、ポン、ポンと優しくゆっくりその背中を叩いた。
そうしてしばらくして、落ち着いてきた彼女に俺は優しく尋ねた。
「さあ、隠し事ってなに?ん?」
まだ泣いている彼女は幾度かノドを引きつかせながら、懸命に話した
「ヒック、…あのね、ずっと、言おうと、思って、…
いたんだけど、ヒック、…ポンキッキの『ムック』と…、『ガチャピン』の…、モデルは…『ジョン・レノン』と『ポール・マッカートニー』なんだっ…ヒック、…て。」
聞き終わって、一瞬、固まった俺だが、それでも背中を叩く手は止めなかった。
なるべく平静を装い、間違いを正すべく彼女にそっと囁いた。
「それ、隠し事じゃなくて、豆知識だよ。」
ーおわりー
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