第1話

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「す、すみません。声に出してたみたいですね。」 「い、いえ。それより、さっきの言葉の意味は·····」 そう聞かれる。聞かれるんじゃないかと思ってはいたが、思わずビクッとしてしまう。 「その、初対面で失礼なんですけど、愛想笑い、とても綺麗だと思ったから、本当の笑顔ならもっと綺麗なんじゃないかなって思って·····すみません」 そう言うと、少し驚いた顔をした後、ふふっと笑う。 「いえ、構いませんよ。貴方はなんだか私のお爺様に似ている気がします。」 「へ?」 こんどは僕がそう間の抜けた声を出す。 「この時計、お爺様が大切にしていた物で、お爺様の形見なんです。お爺様はお人好しで、うんざりする程優しくて、それでいて聡くて、人を見抜くのが上手な人だったんです。そして少し変な人。でもそんなお爺様が大好きでした。貴方はそのお爺様に似ています。そんなお爺様に頂いた物なので肌身離さず持っていたくて。でも、『そんな薄汚い物は捨てなさい』、『もう10年も前のことなんだから忘れれば良いのに』とよく家族以外の人なんかに言われるんです。ははっ、本当にその通りですよね」 そう乾いた笑いをこぼして言う。でも、その表情は、今にも泣きそうだ。 「別に、忘れる必要も、捨てる必要も、無いと思いますよ。それに、そんなの普通だと思います」 そう言うと、驚いた顔をする三澤先輩。 「とても大切な人の形見なんて、誰でも肌身離さず持っていたいと思いますし、その時計を捨てるということは、お爺様の生きていた証を捨てるということで、その時計のことを忘れるということは、お爺様と貴方の過ごした時間、思い出を忘れるということです。そんなこと絶対にしちゃ駄目なことだし、しなくていいことなんですよ」 そう言いきり、三澤先輩の顔を見ると驚いた顔をしていた。僕はパッと顔を逸らす。 あ、余計なこと言っちゃった····· 「えっと、あの、こ、これはあくまで僕の意見ですし、違う人も勿論、いると思いますし。き、気にしないで下さい!!」 そう言うと、三澤先輩は驚いた顔から優しい微笑みに変え 「やはり貴方はお爺様に似ている」 そんなことを言う。が、僕はそう思わない。だって 僕は優しくないから 「あの、下の名前でお呼びしてもいいですか?私の事も下の名前で呼んでください。」 「はい、良いですよ。凪先輩」 そう言うと凪先輩はふふっと笑う。そして「もうそろそろ行かれた方がいいのでは?」と言われるので僕は「はい」と答えて理事長室の扉を開ける。中に入ると、理事長と書かれたプレートの席に座る理事長らしき人と、その横に立つ天兄の姿が·····って天兄!?
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