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僕は朝食を食べ終え部屋に戻り、手荷物を持ち玄関に向かう。玄関の外では家族は勿論、屋敷で働いてくれている人達も全員集まってくれていた。
本当に皆優しいな。
僕はそんなことをほのぼのと考えていた。すると僕に気付いた奈緒が僕の方に近づいてきて、荷物を持ってくれる。
「ありがとう、奈緒」
「いえ、これも仕事ですので」
そう笑顔で言って僕の荷物を車のトランクにつめてくれる。その間に僕は皆に挨拶する。
「それじゃあ行ってきます」
「行ってらっしゃいませ、藤華様」
使用人の人達は皆笑顔だけど、少し寂しそうな、不安そうな表情をしていた。
「行ってらっしゃい藤華。うーん、まぁ大丈夫かしらね。さっきも言ったけど初幸君のところだし、それに、ね?」
そう意味深に言って天兄を見る。僕は意味が分からず、首を傾げた。
「どうしたの?」
「まぁ、行ったら分かるわ。ふふふっ」
そう言われ益々意味が分からなかった。
僕は運転手の野仲(のなか)さんに扉を開けてもらい、車に乗り込む。奈緒はお母さん達に挨拶をしていた。
「それでは行って参ります」
「えぇ、行ってらっしゃい。藤華をよろしくね。それと·····」
そう言って奈緒の腕をつかみ屈ませ、耳元で何かを言うお母さん。それに奈緒は、耳まで真っ赤にさせて、「なっ?!」なんて叫んでいた。いつも、あまり表情を変えない奈緒には珍しいことで、少し新鮮だ。
「そう言うことだから、頑張ってね」
そう言うお母さんに皆「うんうん」と頷いていた。それに奈緒はまだ赤い顔を仰いで、お母さんの目を見て言う。
「元からそのつもりですよ」
とても意志の強い顔をしていたけど、なに言われたのかな?
そう疑問に思ったが、そんなことより僕は朝のお母さんの言葉に引っかかっていた。
『優しい』
あんな言葉、僕なんかに使って良い言葉じゃない。愚かで、残酷で、醜い、僕なんかに。
僕は優しくなんかない。
「藤華様」
そう呼び掛けられハッとした。その声の方を向くと、僕の横に奈緒が座っていた。ずっと考え込んでいた僕はそれに気付いていなかった。
「話、終わったの?」
「はい」
「なら、行こうか」
「はい、野仲さんお願いします。」
奈緒がそう言うと、野仲さんは「はいよ」と言って車を走らせた。
僕は思考を止められて、ホッとしていた。ずっと考え込んでいたら、きっと、心配させていただろうから。僕は奈緒に顔を背け、車窓の外の景色を見ているふりをしていた。目から溢れてしまったものに気付かれたくなくて。
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