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side 奈緒
「それでは行って参ります」
俺はそう屋敷の皆に言う。それに奥様が返してくれる。
「えぇ、行ってらっしゃい。藤華をよろしくね。それと·····」
そう言い、俺の腕をつかみ、屈ませ、耳打ちしてくる。
「この屋敷の皆は貴方を応援してるのだから、他の誰かに藤華、取られないでね?」
「なっ?!」
そんなことを言われ、思わずそう叫ぶ。俺は今顔がすごく赤いだろう。俺はポーカーフェイスが得意だ。だから、隠し通せていると思っていた。
なんで皆知ってんだよ!!
ニコニコ笑いながら、奥様がまた口を開く。
「そう言うことだから、頑張ってね」
奥様がそう言うと皆「うんうん」と頷いている。
「うんうん」じゃねぇよ!!
と、心の中でツッコミながらも、元からそのつもりだったので、それをそのまま口にする。
話を終え、車に乗り込むが、藤華はそれに気付かない。藤華はとても酷く顔を歪めていた。そして藤華の口にした言葉で全てを悟った。
「僕は優しくなんかない」
その言葉に俺は思わず「藤華様」と声を掛けてしまう。それにハッとして、藤華は此方を向く。言葉をこぼしたのは完全に無意識のようで、気付いていない。俺は藤華と二言、三言言葉を交わしたあと運転手の野仲さんに頼み、車を出してもらう。そして俺は藤華を盗み見た。どこかホッとしている表情で、声を掛けたのが余計なことじゃなかった、と安心する。
藤華は優しいと言われる度、一瞬「そんなことない」と言うように顔を酷く歪め、そのあと「ありがとう」と微笑む。俺はその様子をいつも痛ましく思っていた。
俺が出会った中で間違いなく藤華が一番優しい。だからこそ、普通は気にもとめないようなことで悩んでしまうのだろう。
ふと、藤華の方を見ると車窓の外に目を向け景色を眺めているようだった。でもそれがふりだということはすぐに分かった。何故なら、車窓に涙を流している藤華が写っていたからだ。でも、声を掛けることはしなかった。藤華が自分で話してくれるまでは、そう思っていたからだ。本当は、今すぐ抱きしめてどうして泣いてるのか問い詰めたい。大丈夫。泣くな。と声を掛けたい。
でも、出来ない。
俺は、いつか、なんて言葉が嫌いだ。いつか、という不確かなものより、今を大事にした方がずっと有意義だ。いつか、なんて言って今なにもしてないのに未来で叶うはずが無いからだ。でも、それでも、思わずにはいられない。いつか、藤華が俺に全てを言ってくれることを。
ただ、怖いだけなのを、弱いだけなのを、そうやって言い訳するしか出来ない俺は、きっと、誰よりもずるくて、臆病なんだ。
side 奈緒 end
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