第一話. オールド・ラング・サイン

5/69
前へ
/106ページ
次へ
「やっぱり着替えてきます、落ち着かない」 「いや待って待って」  部屋の『通用口』から出ようとする律の手首を掴み、類が慌てたように首を振る。 「せっかく似合ってるのに」 「いえ、どうも女物は落ち着かなくて。着慣れないので……」 「齢十六歳のうら若き少女が何を言っているんだい」  はああああと深いため息を吐いて、類が顔を手で覆った。そのままの姿勢でじっと固まってしまった青年相手に、律は困惑して眉をひそめる。 「類さん? 硬直なんかしてどうしたんですか」 「……そうか、君は服に対する私の選択眼を信用していないんだね。そんな私が将来呉服店を継ぐなんて無理なのかなあ、やっぱり」  そうかそうかと言いながら類が大きく肩を落とす。しんみりとしたその声色に、律は少したじろいだ。  そうなのだ、律はこれでも割と歴史の長い『東雲呉服店』の次期後継ぎ。その彼が律に見立ててくれたのがこの袴一式だ。これをやたら別の服に着替えたがるということは、つまり彼の見立てが気に入らなかったと明言することになる。それは律の望むところでも、意図するところでもない。
/106ページ

最初のコメントを投稿しよう!

44人が本棚に入れています
本棚に追加