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「いえ、そういう訳ではなくてですね。こう、高い物なので自分などが着ていいのかと落ち着かないのもあります」
「……」
類の顔は上がらない。どうやら『呉服店の次期後継ぎ』のこの青年、服の選択眼がないと言われたと勝手に勘違いして落ち込んでいるらしい。
ええい、面倒くさい。律は息を吸い込んで一気に言いつのった。
「この着物、素敵だと思いますよ? 自分でも好みだと思います。色の取り合わせもいいですし普段の着物より動き回りやすいし、こんな格好で表を歩いてみたい人、きっと多いと思います。ちょっと珍しいですけど、自分はこういうの結構好きです」
「……本当? 好き?」
じわり、と類の声に少し喜びの色が混ざる。よし、この調子でさっさと機嫌を回復してもらおう。そう思いながら律は大きく頷く。
「ええ、本当です」
次の瞬間、類がぱっと顔を上げて目を煌めかせながら律に一歩詰め寄った。それはそれは綺麗な満面の笑みで。あまりの態度の豹変ぶりに、律はびくっとして一歩後ずさる。
「落ち込んでたんじゃなかったんですか」
「え、僕が? 落ち込む要素なんてあった?」
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