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「……なんでもないです」
律は先ほど自分の口から出た言葉を改めて反芻し、自分の迂闊さを呪った。
「まあともかく、実際もう着替える時間もないと思うよ」
類が言葉を切り、壁にかかった時計を見上げた。時刻はちょうど午後の五時になろうとしている。律ははっとして、この部屋への通用口である黒くどっしりとした扉に目を遣った。
追い打ちをかけるように、類が面白がっているような口調で言葉を続ける。
「ほら、約束の時間だ」
――ガラン。
黒い扉に取り付けてある鈴が鳴り、ゆっくりと扉が開き始める。その扉を押したと思われる人影が三人見えたかと思うと、『彼女たち』は興味深そうな瞳でこちらを覗き込んだ。
「あ、いらっしゃいましたわ! 東雲様に、小早川様」
「午後の五時にお店の奥の扉のお部屋。お約束通りでしたわね」
三人の女性を相手に、類は律を背にずいと歩を進め、優雅に腰を折る。
「『よろず屋茶館』にようこそいらっしゃいました、お嬢様方」
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