第一話. オールド・ラング・サイン

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第一話. オールド・ラング・サイン

 ――ザンギリ頭を叩いてみれば、文明開化の音がスル。  明治の初めにそんな流行り歌が巷に流布してから、二十数年ほどが経つ。  ここは日本の大都市、帝都の一角だ。中心部ほどではないが比較的栄えている辺りである。表には商店が立ち並び、行きかう人々で今日も賑わっているのだろうけれど、この『よろず屋茶館』の異空間のような落ち着いた空気の中では、その喧騒も聞こえてこない。  とある呉服店の奥にひっそりとある、『よろず屋茶館』と刻まれたいぶし銀の小さな札がかかる黒い扉。そこを開けると、ちょっとした個室の休憩どころ、といったような風情の洋風の部屋が広がる。  洋酒のように深い赤色のふかふかとした絨毯が敷き詰められた床に、落ち着いたこげ茶色の木の壁。真珠のように白い天井にはチューリップ型の硝子(がらす)の照明がいくつも取り付けられ、今も部屋の中を柔らかく照らしていた。 「ねえ、君」  ふいにその洋風の部屋の奥から上がった青年の声に、小早川律(こばやかわりつ)は抹茶色の女袴の裾を揺らしながら振り返った。
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