私は1番好きな男の子を、2番目に好きだと言った。

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「ねえ、小夜子(さよこ)って雄二(ゆうじ)君の事が好きなの?」  咀嚼していたハンバーグを思わず飲み込んでしまった。ゲホゲホと咳き込みながら、一つ隣の席の明美(あけみ)ちゃんを恨めし気に見る。 「あっ、驚かせちゃった?ごめんねー」  全く悪びれる様子の無い明美ちゃん。  ここは小学校の、6年2組の教室。皆で机をくっつけて給食を食べている最中、明美ちゃんが聞いてきた突然の質問。どうして今、そんな事を聞くのだろう?よりによって、本人のいる目の前で。  視線を横にずらすと、私の正面に座っていた男の子、雄二君と目が合う。  さっきの明美ちゃんの声は、雄二君にも届いていたようで、驚いたような不安なような顔をしている。 「で、どうなの?好きなら好きって、今言っちゃいなよ」  笑顔で言ってくる明美ちゃん。だけど、目は一切笑っていない。それどころか、まるで責めるような、冷たい目をしている。「違うって言え」、そう訴えかけられているようだった。  私は最近、雄二君と一緒にいる事が多い。6年生になって、二人とも図書委員になって。話をすることが多くなって。そうしているうちに、仲良くなっていったんだ。そしていつしか、雄二君の事を好きになっていた。  だけど私は知っている。実は明美ちゃんも、雄二君の事が好きだと言う事を。  女の子の世界では、同じ人を好きになると言うのは、何よりも重い罪になる。明美ちゃんは私達のグループのリーダーの、女王様みたいな女の子。もしここで好きだと答えたら、きっと私は皆から仲間外れにされるだろう。  前にグループにいた子が、付き合いが悪いと言う理由で仲間外れにされて、一人ぼっちになってしまった。私も、その子みたいになるのだろうか?  そんなの嫌だ。そう思ったら、自然と口が開いていく。 「雄二君は……2番目に好き」  嘘をついてしまった。  好きな事は好きだけど、1番好きなわけじゃ無い。だから2番目に好き。2番目って、言って良かったのかな?それくらいは、許してくれるよね? 「そっかー、2番目かー。雄二君、残念だったねー。小夜子、可愛いのに」  どうやら、2番目と言うのは大丈夫だったみたい。今度は本当に嬉しそうに、明美ちゃんが笑う。良くやったと、言わんばかりに。  だけど結果、なんだかフラれたみたいになってしまった雄二君。きっとこうなる事を望んで、わざとこのタイミングで聞いてきたんだ。  こんな風に皆の前で恥をかかされて、雄二君はきっと怒っているだろう。もしかしたらもう、口もきいてもらえないかもしれない。  だけどそんな私の心配をよそに、雄二君は苦笑いを浮かべくる。 「2番目だなんて、嬉しいな。1番じゃないのは、残念かもしれないけど」  優しい声でそう言ってくれる雄二君。だけどその笑顔を見て、私は胸の奥が、締め付けられるような痛みを感じた。  大して気にするそぶりを見せない雄二君を見て、傷ついた自分がいる。勝手な事を言っているとは思うけど、それでも切なさが止まらない。気にしてないって事は、きっと雄二君にとって、私はそれだけの存在だったのだろう。そのことがとても悲しくて。  だけど、悲しむ資格なんてない。だって雄二君の事を2番目に好きだって言ったのは、私なんだから。  2番なんかじゃない。本当は雄二君の事、1番好きなんだよ!  そう声を大にして叫びたかった。だけどもう、後戻りはできない。そんな事をしたら明美ちゃんに、なんて言われるか。  ふうっと息をついて、冷静になる。考えようによっては、これはラッキーだ。どのみち私に可能性はなかったみたいなんだし、それならここで、想いを断ち切った方が良いのかもしれない。ただ。 「ねえねえ小夜子、それじゃあ小夜子が一番好きなのって、誰なの?」 「あ、それ俺も気になる」  明美ちゃんも雄二君も、一緒に給食を食べていた他の子達も、興味を持ったように聞いてきたけど、私は照れたように首を横に振る。 「ゴメンね。恥ずかしいから、教えられない」 「ええーっ、小夜子のケチー」  明美ちゃんはすねたように頬を膨らませたけど、もう目的は達せられている。深く追及される事無く、その後は何事もなかったように、給食を食べていく。  だけど私は全然、味なんて感じられなかった。  嘘をついてしまった。仲間外れにされるのが怖くて、嘘をついてしまった。本当は1番好きなのに、2番目だって、嘘をついてしまった。  なんだかお腹が痛くなってきた。でも、これで良かったんだよね?本当の事を言っても、仲間外れにされるだけだし、雄二君も困っちゃうだろうし。  そう自分に言い聞かせながら、味のしない給食を口に運ぶ。  私は最後までうつむいたまま、正面に座っている雄二君と、目を合わせることは無かった。  ◇◆◇◆◇◆◇◆  雄二君は、2番目に好き。  そう言ってしまったあの日から、半年が過ぎた。  まるでなにごともなかったように、私の周りは平穏そのもの。明美ちゃんとも雄二君とも、上手く友達をやっている。  だけど少し前に明美ちゃんが、「実は私、雄二君の事が好きなの」って、グループの皆に打ち明けてきた。  皆はすっかり応援ムード。明美ちゃんは可愛いから、きっと上手くいくって、盛り上がっている。もちろん私も、頑張ってって言ってる。そうやって応援することが、友達の義務なのだから。  胸の奥の痛みに気付かないふりをして、必死に笑顔を作って。そして今日、明美ちゃんは雄二君に告白する。  雄二君を中庭に呼び出して。私達は校舎の影から様子を窺って。そうして出て行った明美ちゃんが、雄二君に向かって言った。 「私、雄二君の事が好きなの。雄二くんさえ良かったら、付き合って!」  様子を見守っていた皆は、思わず「キャー」っと声を漏らす。だけど私は、皆みたいに明美ちゃんと雄二君の事を直視できずにいる。雄二君は、OKするだろうか?私が告白したわけじゃ無いのに、心臓が壊れそうなくらいにドキドキしていた。  暫くの沈黙ののち、雄二君の口がゆっくりと動く。だけど、その答えは。 「……ごめん」  瞬間、明美ちゃんの表情が強張る。そして苛立った様子で、雄二君に向かって叫んだ。 「な、何でよ⁉私、自分で言うのもなんだけど、結構可愛いと思うよ。勉強だってできるし、雄二君とも釣り合うでしょ。それなのに」 「悪い、釣り合うとかそう言うの、よく分からない。何も、お前が悪いって言ってるわけじゃ無いんだ。ただ、俺には……好きな奴がいるから」  好きな奴がいる。そう聞いた瞬間、頭を殴られたような衝撃があった。  好きな人、いるの?いったい誰? 「と言っても、フラれているけどな。けど、俺は今でも、そいつのことが好きなんだ。だから、お前の気持ちには応えられない」 「そんな……」  呆然とする明美ちゃん。私も同じように、何も考える事ができずにぼーっとしていたけど、周りにいた子達が騒ぎ出して、ハッと我に返る。 「ねえ、もういいんじゃないの?これ以上粘っても、仕方が無いでしょ」 「そうだね。ほら、小夜子行くよ」  皆に急かされるまま、明美ちゃんの元に向かう。雄二君は、私達が隠れている事に気づいていたのか、姿を現した事に別段驚きもせずに、静かにこっちを見ていた。  一瞬、私と目が合ったような気がしたけど、気のせいかな? 「行こう、明美」  一人が手を引いたけど、明美ちゃんはそれを払って、もう一度雄二君を見た。 「ねえ、雄二君が好きな人って、いったい誰なの?」  怨みのこもった目を向ける明美ちゃん。雄二君は表情一つ変えずに、静かにそれに答える。 「悪い、それは言えない。そいつは俺の事を、2番目に好きだって言ってくれた」  えっ?  悲しそうな顔をした雄二君と、今度はハッキリと目が合う。だけどそれはほんの一瞬、すぐに逸らされてしまう。  けどそれでも、私には分かった。あの時私は雄二君の事を、2番目に好きだと言った。それじゃあ……。 「2番目?ずいぶん酷い事言うんだね、そいつ」  明美ちゃんが苛立ったように言う。あの時明美ちゃんも隣にいたけれど、もう半年も前の事。私がなんて言ったかなんて、覚えていないみたいだ。  だけど、雄二君は覚えていた。1番じゃなくて、2番目だと言った私の言葉を。  雄二君はあの時から、私のことが好きだったのだろうか?それなのに私は、無神経な事を言ってしまっていたの?  いや、でも。そうしないと、仲間外れにされちゃう。 「そいつに迷惑かけたいわけじゃ無いから。だからこの事は、忘れてくれたら助かる」  雄二君が言い放った言葉。それは明美ちゃんではなく、自分に向けられたものなんだと、瞬時に理解する。  もし雄二君が私のことが好きだとバレたら、明美ちゃんは絶対に、私を許しはしないだろう。だから本当の事は黙っておくって。そう言ってきたのだ。  雄二君は、いったいどこまで感づいているのだろう?私が仲間外れにされるのを恐れている事は分かっているだろうけど、それ以外は?  もしかして本当は2番目じゃなくて、1番好きなんだって事も気づいているの?  いや、そんな事は考えるだけ無駄か。どのみち私は、胸の奥にある気持ちを、伝えてはいけないのだから。  一度は2番目だって言っておいて、明美ちゃんにも応援するだなんて言って、今さらどうやって本当の事を言えばいいの?  肩を落とす明美ちゃんを励ましながら、私達はなれて中庭を去っていく。  ふと後ろを振り返るとじっとこっちを見ている雄二君と、またも目が合う。何度も目を合わせているのに、雄二君の気持ちを知っているのに、それでも何もできずにいる、臆病な私。  本当は今すぐに、好きだと言いたい。2番目じゃなくて1番なんだって。だけど……。  同じ人を好きになってはいけない。それが私達のルール。もし破る事があれば、地獄の苦しみが待っている。好きなのに怖くて、想いを伝えることも出来ない。  頬を涙で濡らしている事を悟られないよう背を向けて、心を隠して去って行く。  上辺だけの友達との関係を守るために、好きな人に好きと言う勇気も無い。私で、ごめんなさい。
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