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「どうした」
「納得いかない。私たち、付き合っていますよね」
「当たり前だ」
「じゃあ聞かせてください。……仁科さん、結婚願望はあるんですか?」
「え」
蓋の空いたボトル珈琲が、仁科の手の中で揺れた。
「それとも、なしですか」
栞は仁科に顔を近づけた。相手の温度を皮膚から感じるまで。
「離れろ。照れる」
「答えがまだです」
仁科は栞から目をそらし、観念したという顔で答えた。
「……ありかなしかで言えば、あり」
「わかりました」
栞は仁科よりも顔を赤くして、パイプ椅子に座った。
「これで照れるなら、さっきの質問も、少しは照れてくださいよ」
足の間に両手を挟み、ぽつぽつと話す。
「彼女相手に『理想のウェディングケーキ』なんて、さらっと聞かないで。……こっそり気持ちを探られているのかなって、最初は、深読みしましたよ」
「え……そうか?」
仁科は間を置いて、首をかしげた。
「だってそんな話、職場でしないだろ」
「そうですけど」
「東山、まだ二十歳だし」
「そうですけど。……たわごとでも仁科さんに言われたら、嬉しいですよ」
「……悪い。無神経だったな」
「いえ。……こちらこそ」
仁科は栞の横に立ち、ボトルの珈琲に口をつけた。栞はなにも飲まず、仁科の様子をうかがった。
「東山は、結婚願望あるんだな」
仁科は無愛想なままだが、話し方はたどたどしくなった。
「人並に。素敵なウェディングケーキが、私の夢です」
「ドレスは」
「二の次です。自信ないから、着なくてもいいくらい」
「そんなこと言うなよ」
「……ありがとうございます」
仁科はほとんど空になったボトルに、口をつけていた。栞と休憩室にいる時間を、どうにか延ばそうとしている。
栞は「また帰り道にでも」と話を切りあげて、仁科を店側に送り出した。
休憩室でひとり、椅子に座る。そして幸せな気分に浸ると、声に出さずに笑った。
(終)
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