シュガーでもフレッシュでも

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シュガーでもフレッシュでも

 朝と夕方に寒さを感じる、九月中旬。  洋菓子店『La maison(ラメゾン) en bonbons(アンボンボン)』のアルバイトスタッフである東山栞(ひがしやましおり)は、他スタッフと共に早朝から店に入り、せわしなく働いていた。素顔だと高校生に間違われるので、二十歳らしく見えるよう、ナチュラルメイクとヘアセットは欠かさない。  栞はほぼ販売スタッフとして働いてきたが、約二か月前に製菓衛生士の免許を取得してからは、菓子製造を担うことも増えた。  栞に指導するのは、昔馴染みの店長か、交際中である先輩パティシエだ。  栞がフルーツの皮むきをやめて、顔をあげた。壁時計は正午を示している。 「……えっと、仁科(にしな)さん。今なんて?」  右手にペティナイフ、左手にグレープフルーツを持ったまま、恋人のパティシエを見る。  彼はスポンジケーキの表面に、生クリームを塗り終えたところだった。切れ長の目はまっすぐに、純白のケーキを見つめている。 「聞こえなかったか。『将来どんなウェディングケーキが欲しい』か、聞いたんだ」 「はぁ」 「東山なりの答えでいい」  仁科がデコレーション用のクリーム袋を持った。表面に塗っていた「七分立て」のクリームよりも、長く泡立てて固くした「八分立て」のクリーム。  クリームはケーキの表面に、リズミカルに絞られていった。 「将来どんなウェディングケーキが欲しいか、ですか」  栞はワンテンポ遅れて、聞き返した。 「これ……今度ウェディングのオーダーを聞くから、参考に知りたいってことですよね? 女性目線を」 「ああ」 「ようはリサーチ」 「うん」 「ですよね」  栞は仁科を見ているが、仁科は絞られていくクリームを見ていた。姿勢はしゃんとしている。顔半分はマスクで隠れていて、あまり表情が読めない。ただ雰囲気からは、照れや戸惑いはうかがえない。  仁科は来週にウェディングケーキの打ち合わせがあると思い出して、ふっと聞いてきた――この栞の見立ては、間違っていないようだ。 「急に話を振られたから、将来のウェディングケーキなんてどういう意味かなー? なんて、あれこれ考えましたけど。……リサーチですよね。はい」  栞はひとりで話しながら、グレープフルーツに向き直った。オーブンから天板を出している安藤(あんどう)店長が、こちらを見ていると気づいたからだ。『手を動かせ』と、貫禄ある眼差しで言っている。
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