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5(警官side)
コンビニの自動ドアをくぐると、白い陽射しが目に刺さった。制帽を目深に被り直す。交番に戻ろうと一歩踏み出したところで、背後から声を掛けられた。
「すんませんっ、あの、お巡りさんすか?」
振り返れば、健康的な肌色の少年が少し離れた位置に立っている。その瞳は、厳しい日差しを物ともしていないのか大きく見開かれている。全力で走ってきたのか、息は随分弾んでおり、額には大粒の汗が浮かんでいた。
「はい、あの、どうかしました……」
「大変なんです、助けてください、友達が……ど、どうしよう」
少年は完全に狼狽しきっていた。落ち着けるべく、少年の方へゆっくり歩み寄る。手を伸ばせば触れるほどまで距離を詰めたところで、少年はサッと後ろへ飛びのいた。
「お願いします、ついてきてください! 事情は後でお話するので……」
「……分かりました」
これ以上、何かを言ったところで無駄だろう。僕はひとまず少年の言う通り、後を付いていくことにした。
少年は、次々と道を外れていった。際限なく現れる曲がり角を、迷いなく進んでいく。あんなに煩わしく思っていた陽射しが気にならなくなった頃には、狭くて陰気な路地の入口にたどり着いていた。気付けば、車のエンジン音や通行人の話し声は微塵も聞こえない。
制帽の下から前方を覗けば、路地は行き止まりだった。
少年は突然歩みを止めると、口の横に手を当てて誰にともなく声を掛けた。
「おーい、連れてきましたよー」
返事はない。僕が黙って少年を見つめていると、少年は戸惑ったようにもう一度「おーい」と声を上げた。
「ボス? 言われた通り、連れてきたんすけど……」
沈黙が続く。やにわにどこかで猫の鳴き声がして、また沈黙。少年は何かに取り憑かれたかのごとく、そこら中に転がっている廃棄品をひっくり返し始めた。
「嘘だ、そんな訳ない。だって、あの人、さっき俺に……」
声に限らず、手足に限らず、全身が小刻みに震えている。その後ろ姿を少し離れたところから見ていた僕は、相手を無駄に興奮させることのないよう、背後から慎重に歩み寄った。
「あの、大丈夫で……」
「うるさいっ!」
伸ばした手を、少年が乱暴にはねのけた。その拍子に、手に提げていたビニール袋が地面に落ち、目深に被っていた制帽が宙へ投げ出される。露わになった僕の顔を見て、少年は度肝を抜かれたように目をむいた。
「う、嘘だろ? なんで……」
痙攣したように口を開閉しているが、それ以上言葉は出てこないようだった。まるで化け物を前にしたかのような狼狽ぶりである。僕が一歩前へ足を踏み出すと、少年は飛び上がるように後退した。
「一つ、お聞きしたいんですが」
僕は右手を腰に回し、ゆっくりと少年との距離を詰めた。
「なぜ、あなたのボスが組織名を”ラックス”としたのか、あなたはご存知で?」
「なぜって……」
怖気づいたように、少年がジリジリと後ずさる。背中が突き当りの壁に接すると同時に、彼は人差し指で僕の顔を示した。
「だって、それはあんたが……」
――パアン。
暗い路地に銃声が響く。遅れて、ドサリと人が倒れる鈍い音。綺麗なままの銃弾が、コンクリートの上に転がった。
地面に転がる黒い影を見下ろし、俺は誰にともなく呟いた。
「手ぬるい、な」
地面に落としたビニール袋の口から、コンビニのおにぎりが覗いている。積み木のように均整のとれた三角形。
中央にはゴシック体で『梅』と印字されている。
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