1201人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
その後
始業時間になっても、葉山さんが出勤しない。
朝から雨が降っていて、「まさか」という予感が胸を過る。
握りしめていたスマホにメッセージの受信を知らせる振動を感じて見ると、葉山さんからだった。
『道端で震えてる子猫を保護したから今日会社休む。ごめん雪橋、後で電話するから、とりあえず課長に言っておいて』
やっぱりか。
あの人、またしても猫を拾ったらしい。
いくらなんでも、確率高すぎるだろ。
もし次に葉山さんが猫を拾ったら俺が引き取ろうと思っていたのに、まだ引っ越しをしていないから今回も駄目そうだ。
二年契約の一年目が終わったばかりだし。
来年の契約更新の時には、絶対にペット可の所に転居だ!
「課長ー、また猫拾ったから今日休むって葉山さんから連絡きましたけどー」
「そうか、分かった」
少し離れた所にいる課長に報告をすると、課長は相変わらずの軽さで了承する。
もう慣れたけど、ウチの会社はこういう事に緩すぎなんだよな。
有給取るのに理由いらないし、急ぎや重要な仕事を抱えていなければ急に休んでも怒られないし。
「でも、どうして雪橋に連絡があるんだ?」
一拍置いて、はたと気付いたように課長が疑問を口にする。
確かに。
今まで、急に会社を休む時は課長宛てに電話をしていた葉山さんが、突然俺に伝言を頼むなんて不自然かもしれない。
つい先日までは、同じ課で向かいの席に座っている程度の、特別仲が良い訳ではないただの先輩と後輩だったし。
後で電話をするとは言っているけれど……。
「それは、まぁ……いろいろありまして」
曖昧に笑って誤魔化していると、再びスマホが受信を知らせた。
メッセージを開くと、葉山さんから猫との自撮り写真が送られてきている。
『今度は白猫。可愛いだろ?』
タオルに包まれた真っ白い猫と一緒に葉山さんが微笑んでいる。
かわいい。
猫より、葉山さんが。
『可愛いですね』
心の声は隠して返信をした。
『葉山さんも濡れてません? 風邪引かないように気を付けてくださいね』
風呂上がりのような葉山さんの様子を心配する素振りのメッセージを打ち、送られてきた写真を凝視した。
やっぱり、色気が増している気がする。
素人の自撮りでこれだ。
実物は相当ヤバい。
俺も今すぐ会社休んで、葉山さんの所に行きたい。
駄目かな。
まだ始業して五分も経ってないもんな。
駄目だよな。
せめて、午後からなら。
夕食を買って持って行って、猫の世話で疲れている葉山さんを労おう。
それで、そのまま家に泊まらせてもらって。
猫じゃなくて、葉山さんの方がずっとずっと可愛いと伝えよう。
■ 終 ■
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
○葉山理玖斗
26歳。
同性しか恋愛対象にならない事を恥じて、その事を誰にも言えずに生きてきたため、恋愛経験は男女共にほぼゼロ。
好きになっても見ているだけ。
雪橋に告白したのは完全にハプニング。付き合えるなんて奇跡。
本当は甘えたいけど、年上として、先輩として、「ちゃんとしなきゃ」という気持ちが邪魔して上手くできない。
可愛気の無い自分に愛想が尽きてしまうのではないか、と悶々と悩む様も雪橋にとってはご褒美だという事には当分気付かない。
○雪橋陽輔
24歳。
学生のノリが抜け切れない社会人2年目。
恋愛対象に男女の拘りはないが、お付き合いをした事があるのは女性だけ。
男を抱いた事はあっても、その場のノリ程度の関係。
葉山の事が大好きで、どうやって甘やかしてやろうかと日々模索中。
沢山エロいことがしたいけど、経験値が増すにつれて葉山が色っぽくなっていくのがとても心配。
その心配が高じて若干不機嫌になり、葉山を怯えさせている。
そのうちごく自然に「理玖さん」と呼び始め、葉山を激しく動揺させる。
最初のコメントを投稿しよう!