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第二章 5. データをディープラーニングしてみましょう
米俵のように肩に担ぎあげられ、そのまま廊下を出て高梨の部屋に突入する。部屋に入ったのは初めてだったが、まじまじと見渡す間もなくベッドの真ん中に放り投げられた。
「乱暴だな!」
ベッドがぎしりと傾いた。高梨が俺の足元から這いあがってくる。瞳の奥には暗い色がくすぶっていた。どうやら怒りはまだ冷めていないらしい。
とん、と肩を押された。肘の力が抜けて背中がシーツの上に着地する。顔の横に手をつかれて、完全に覆いかぶさられていた。
真下から人の顔を見上げるシチュエーションなんてそうそうあるもんじゃない。頬にさらりと明るい色の髪が流れている。男前っていうのは、こんな状況すらも似合うようにできているらしい。思わず見入っていると、ふと眉がひそめられた。
「……抵抗しないんですね」
「え、いや、まあ」
「今からなにをするか本当にわかってるんですか?」
「正直よくわかってないかも」
高梨は大げさにため息をついた。少し落ち着きを取り戻した様子に、ホッとして思わず本音がこぼれる。
「だっておまえ、俺が本当に嫌がるようなことはやらないだろ。……あれ、自惚れっぽい?」
「っぽい、じゃなくて自惚れですよ……」
間違っていないですけど、とぼそりとつぶやく。その言葉に不覚にも胸がきゅっと締まったような気がした。
「もともと俺が言い出したんだ。きっちり家賃を払わせてもらう」
「……本当にいいんですね?」
「お、おう。男に二言はない!」
突然漂い始めた緊張感に、ごくりと生唾を呑み込んだ。ゆっくりと影が落ちてくる。
「ち、ちなみに聞きたいんだけど!」
腕を前に突き出して高梨の胸を押し返した。
「まだなにかあるんですか?」
「高梨って、男とこういうことしたことあるのか?」
端正な顔がぴくりと引きつった。
「ないですよ」
「へっ?」
「ないですが、シミュレーションは完璧です」
「えっ、いや、ちょっと待て! だからって実験がうまくいくとは限らないだろ!?」
「俺に限ってそんなはずはありません」
「その自信はどこから来るんだよ!」
「いいからもう黙って」
突っぱねていた腕を簡単に掴まれ、やすやすとベッドに縫い留められる。じっと見下ろされても、俺は目を逸らすことができなかった。綺麗な顔が近づいてくる。あと五センチ、その距離で怖気づいて目を閉じた。
キスされる――はずが、予期していた感触が来ない。
薄く目を開けると、高梨は険しい表情で俺のことを見ていた。鋭い視線が下にずらされる。
「痛ぇっ!」
首筋に思い切り噛みつかれた。
「ふ、あ……」
なにが起こっているのかわからない。
まくりあげられたTシャツの下で高梨が俺の胸に舌を這わせている、のはわかる。人生で一度も存在意義を感じたこともない部位がじんじんと痺れて、背中から腰にかけて震えているのはなぜなのか?
最初はゆるく抱きしめられて、形を確かめるように肩や二の腕にそっと触れていっただけだった。硬い手の感触に緊張していた俺が、胸元に触れられた途端に息を吐いたのを、高梨は見逃さなかった。
「んっ……たかな、し……」
腿を擦り合わせたいのに、間に高梨が陣取っているせいで腰をよじることしかできない。手を伸ばそうにも高梨の身体に阻まれて微妙に届かなかった。乳首だけを弄られてずいぶん時間が経った気がする。高梨の手はもう一方の突起を抓んだり、脇腹を撫でたりと絶え間なく動いているのに、腹から下には一切触れる気配がない。
「あ、うあっ」
きゅっと吸いつかれて思わずのけぞる。
俺、どうなっちゃったんだ?
触られていないのにスウェットを押し上げるほど中で膨れていて、あまりにも切ない。
「う、んっ……たかなし、高梨!」
名前を呼んで何度目か、ようやく動きが止まった。顔を上げた高梨と目が合う。ひゅっと息を呑んだ。薄い色の瞳に興奮と欲情が色濃くにじんでいる。俺に触れたいというのは本当のことだったのかと今さらながら実感した。熱が伝播したのか、身体がますます火照ってくる。
もぞもぞと腰を動かす。どこかに擦りつけたくてたまらない。俺の動きに高梨が身体を起こして視線を下げた。
「たかなし……俺……」
吐息が震えている。高梨に見られている。見られているのに、俺はその脚に股間を押しつけている。
「どうしたんですか?」
高梨は真顔だ。こいつ、わかってないのか?
「……なあ、頼むよ」
「なにを?」
高梨が手を伸ばし、ぬめりを帯びた突起を弾いた。
「あうっ」
そのままもう一度乳首に吸いつこうとする高梨を腕で押し留める。
「嫌でしたか?」
「いや、そうじゃなくて……下のほう……」
今度はわかりやすく腰を擦りつけてみる。気持ちいいけど物足りない。
「どうしてほしいのか、言ってください」
「へ?」
「迅さんが言ったとおり、嫌がるようなことはしたくないんです。だから教えてください」
目尻が赤い。興奮しているのに懸命に自制しているのがわかった。どくどくと心臓が早鐘を打つ。恥ずかしすぎる。でも言わないとどうしようもない。
「下も、触って……おまえの好きにしていいから――」
言い終わるか否かという間にスウェットが引き下げられた。
「んあっ、たかなし、き、汚い……あっ」
屹立したものに赤い舌が這わされている。確かに好きにしていいとは言ったが、こんなことは聞いていない。
「ふあっ、あ、ああ」
さっきまでとは違う直接的な刺激に変な声が溢れてくる。先端が温かい口の中にすっぽりと収まった。高梨の形の良い唇が俺のモノをしゃぶっている。時々めくれ上がって見える唇の赤が鮮やかすぎる。背徳感と高揚感が混ざって目がチカチカしてきた。
「う、はあっ、ああ……だめっ」
ぴたりと動きが止まった。高梨が口を離して顔を上げる。
「あ……だめじゃない……」
こいつ、忠実すぎる!
無自覚に羞恥プレイをけしかけてくるのはタチが悪い。高梨は根元を手で擦りながら、視線を合わせたまま唇を押しつけてきた。俺だってAVくらい観たことはあるが、こんなに綺麗な男が自分のモノを口にするところを想像したこともなかった。目の前の光景に屹立が揺れて高梨の頬を叩いてしまう。
「はあっ、あ、そんなにしたら、やばい、ああっ」
息を吐き出すたびに恥ずかしい声が漏れてしまうのを止められなかった。だめだと思っているのに腰が勝手に浮いてくる。
「うあっ……たかなし、出ちゃう、出ちゃうって!」
卑猥な水音が繰り返し耳を刺激してくる。高梨は俺を丸ごと飲みこんで一心不乱に顔を上下させていた。
「ほんとに、だめ、んあ、ああああっ!」
一瞬視界が白く飛んだ。びくびくと身体が痙攣し、崖から放り出されるような無重力感が襲いかかってくる。酸素を取り込もうと口を開けても浅い呼吸しかできない。
「あぅ、も、やめて!」
力をなくしたものを吸われて大きく身体が跳ねてしまう。身体を起こした高梨が手の甲で口元を拭っているのが見えた。
「……もしかしておまえ、飲んだのか?」
腹を探ってもどこも汚れていない。高梨は無言でうなずき、デスクの引き出しからウェットティッシュを取り出した。
「これで拭いていてください。先に洗面所使わせてもらいます」
「え……」
これで終わり?
そう聞こうと思ったが、やめておいた。今これ以上のことをできるほど俺の心臓は強くない。だが高梨が立ち上がった瞬間、俺は見てしまった。
めちゃくちゃ勃ってる。めちゃくちゃテント張ってる!
「高梨、あのう……」
ドアに向かって歩いていこうとする背中に声をかけた。いや、なんで声をかけたんだよ俺は!
「すぐに済ますので、それまでここで休んでいていいですよ」
済ますって、それをどうにかするってこと?
なにか言おうとして、なにも言えずにただ口をぱくぱくさせる。高梨は振り返らずに部屋を出て行ってしまった。
廊下を通して洗面所の扉が閉じられた音が聞こえてくる。俺はウェットティッシュを掴んで逃げ出すように部屋を出た。
頭からかぶった毛布越しに足音が聞こえる。近づいてきているのはわかっている。でも俺は顔を出すことができない。冷静になった今、顔を合わせるのは恥ずかしすぎて無理だ。きっと俺の顔はトマトよりも真っ赤になっている。
高梨の気配がすぐそばにきた。身体を動かさず、落ち着いた呼吸を心がけて目を固く閉じる。
「……ごめんなさい」
反応してしまいそうになるのを必死でこらえる。
ごめん? なにが?
頭の中で高梨の言葉を反芻する。意味を探ろうとしたとき、ふわりと頭の上に重みがかかった。一瞬で離れていった手の感触に、俺の心臓はもう一度スピードを上げて鼓動する。心臓の音が聞こえてしまうかもしれないなんて心配をする間もなく、来たときとは反対に、高梨はさっさとリビングを出て行った。
おそるおそる毛布から顔を出す。電気は消されていて、すでに辺りは薄暗くなっている。
「き……気持ちよかったあああ……」
思わず顔を両手で覆って、小さくじたばたと転げまわった。高校生のときにふざけてちょっと触り合ったりしたことぐらいはあっても、今日起きたことは全てが初体験だ。身体も頭もおかしくなってしまいそうなくらい気持ちよくて、同じくらい焦った。
俺、男でもいけちゃう? それとも高梨だから?
ただ最後に見た高梨のアレだけが気になる。よく考えてみれば一応家賃の代わりってことだったはずなのに、俺ばかり気持ちよくなって良かったのか?
かといって俺があいつに同じことを……いや、ちょっとまだハードルが高すぎる。
射精後の気だるさが残る中で、ぐるぐると考えてもまとまってくれない。
「とりあえず寝るか……」
考えることを放棄すると決めた三秒後に、俺は意識を手放していた。
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