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「~~っ!ぷはぁっ!!」
ごつっ、と音を立ててジョッキが机に叩きつけられる。先程まで並々とつがれていたビールはほぼ空になっており、それに比例して頭もぼんやりとしてきている気がする。しかし底まで沈んでしまっている気分はちっとも浮上してこない。何度目かわからないため息を酒精とともに吐き出し、笹乃はもう一杯ビールを頼むことにした。
「さーさぁん、あんまり飲むと明日起きられないよ?そろそろやめとけば?」
「うっさい飲ませろ。飲ませて。飲まないとほんとにやってられらりららら……」
「あーもうなんて?」
水を差し出すこの男は、高校の同級生である雅人。会うのは実に5年ぶりだろうか。当時は仲が良かった気がするが、酒に浸された脳ではなにも考えられない。諦めて水を流し込むことにする。
なぜしばらく会わなかった高校の同級生とともに、こんなべろべろになるまで飲んでいるのか。それは足元に置かれた引き出物が入った紙袋と、汗でしっとりしてきたドレスが物語っている。
今日は結婚式だったのだ。しかも、笹乃がいつも一緒にいた親友2人の結婚式。つまりこれは1人取り残された笹乃のやけ酒、雅人は巻き込まれた被害者である。
「うぅ…なんで結婚しちゃったの……なんでなんでなんでえええええええ!!!」
「さーさんうっさい!お客さんびっくりしてんじゃん!」
「うぅううぉおおおおおお……」
雄叫びとも慟哭ともつかない声が口から漏れる。雅人は再び水を勧めつつ、呆れたように口を開く。
「そんなに美里と大樹に置いていかれたの悲しいわけ?スピーチとか幹事とか全部やってたから、てっきりめちゃくちゃ祝福してるんだと思ってたんだけど。」
「んん…………」
雅人の言う通り、笹乃は今日一番の功労者だった。親友代表のスピーチは新郎新婦両方の親友である笹乃が行ったし、二次会の幹事も余興の案も全て笹乃が手掛けた。さすが親友というべきかそれらは全て成功し、はたから見れば一番祝福しているように見えたことだろう。
しかし笹乃はそれを聞いてやや虚ろげな目で雅人を見やった。その目には薄く膜が張っており、今にも溢れそうに揺れている。
「…祝福してたよ。祝福してた。嬉しいもん、親友が幸せになるならさ。でも…」
そこで一旦言葉を区切り、まるで隠し事を吐き出すように言葉をこぼす。
「本音はね、結婚してほしくなかったよ。私、大樹が好きだったんだもん。それに、美里のことも大好きだった。だから、結婚してほしくなかったよ。」
まるで雨が降り始めるように、ぽつりぽつりと言葉をこぼす。じわり、と空になったビールのジョッキが汗をかきはじめた。
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