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過ちの始まり
「もう、しょうがないんだから」
そう言って、彼女は優しく微笑んだ。
僕はそんな彼女の柔らかい膝に頭を乗せ、これまでの事を振り返った。
しがない文系大学生の自分には勿体ないくらい素敵な恋人、紗織。
彼女との出会いは繁華街から少し外れた路地にある、静かなBARだった。
普段は大衆居酒屋でガハガハ大声で笑いながら馬鹿話に花を咲かせ、カラオケオールで締めくくる。そんな普通の学生っぽい飲み会がたまらなく楽しかった。
しかしある時
「なあ純一、俺達そろそろ大人な飲み方してみないか?」
「大人な飲み方?」
「そう、いつもの感じも勿論楽しい、しかし俺達は来年から社会人だろ?
いつまでも安い居酒屋しか知らないのはカッコ悪い」
「まあ確かにね、でも僕らお金ないよ?」
「そこは純一、時給の高い良いバイトをだな……紹介してくれ」
「貴弘が紹介してくれる流れだったよね?」
いつものくだらない会話だったが、確かに憧れはあった。
いつか観たドラマや映画の中にしか存在しないような世界。いいスーツを着て洒落たBARで静かに一杯やる。全く想像がつかなかった。
貴弘は大学の同級生。きっかけは覚えてないが入学翌日には意気投合していた気がする。陽気で調子の良い彼は、比較的大人しい僕の良き理解者であり親友だ。お互い就活が始まってからは顔を合わせる頻度も減ってしまっていたが、会ってしまえばいつもと変わらずくだらない話で盛り上がる。
そんな貴弘の思い付きが実現する日が来た。偶然同じ日に面接があり、早めの時間に終わったので合流していたのだ。
「純一、今日こそ大人の階段上ってみるか!」
「卑猥なお店は行かないよ?」
「違うわ! まあそっちでも俺は大歓迎だ」
「行かないよ?」
1軒目の居酒屋で食事をしながら、近場の店を検索していた。想像していたよりも店の数が多く驚いた。こんなに近くに無数に軒を連ねているのに、今まで一度も入らなかったのが不思議なくらいだった。ようやく1軒に絞り、締め料理を平らげ最初の店を出た。
着いてみるとそこは薄暗い路地だった。繁華街から1本裏に入るだけでガラっと雰囲気が変わる。平日とは言え人通りも多いはずなのに、その空間だけ切り離された異世界、そんな不気味さが漂っていた。
この時に気が付けばよかったのだ。不気味さの正体に。
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