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一見すると営業しているようには見えない程に闇を纏った入口。「OPEN」の札が掛かっているので、潰れているわけではなさそうだ。目的の店を前に僕らは少し怖気付いていた。
「なんか、ちょっと勇気がいるね」
「まあ入ってみようぜ」
重みのあるダークブラウンの木製ドア。時間の経過を感じさせる金具のドアノブを引き、ギィっと音を立てると次第に中の明かりが広がってきた。
「いらっしゃいませ」
初老男性の柔らかい言葉が聞こえる。もっと低くて渋い圧のある声を想像していたので、ほんの少しだけ緊張が解けた。
時刻は21時。BARにしては早い時間帯だからか、他に客の姿は見えない。僕らは案内されるまま、10席程のカウンター中央へ着座する。
初見の店では最初にハイボールを飲めば力量がわかるという記事を読んでいたので、二人分を注文する。銘柄はカウンター奥に並べられた酒瓶の中から、唯一飲んだことのあったジャックダニエル。
店内は暖かみのある橙色の照明が控えめに灯り、入口のドアと似た色のカウンター、木製で黒い薄めのクッションが付いたスツールがあり、想像していた大人な雰囲気を余すことなく演出していた。
事前に調べたウェブサイトで店内写真を確認していたので知ってはいたが、実際目に映る景色は不慣れな若者を萎縮させるには十分な程の威圧感を放っていた。
「こういう所って、何を話せばいいんだろうな」
「少なくとも、いつもの感じはまずいだろうね」
運ばれた酒と未だ解けぬ緊張に、酔いが回る。味の違いなどわからない、ただきっと普段とは比べものにならない程に高いクオリティで作られたソレは容赦なく僕達を飲み込んだ。
「ちょっと御手洗いに……」
いつもは便所としか言わない貴宏も、随分飲まれている。立ち上がった時に少しフラついていたので、少し心配だ。
憧れは憧れのままで良い、リベンジはもっと歳を重ねてからにしようと密かに心を決めたところに、その時は訪れた。
ドアが開く音とマスターの「いらっしゃいませ」が聞こえ入口に目をやる。現れたのだ、この空気を全て変えてくれた、あの人が。
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