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「木村君、去年のマラソン大会で男子の一位だったでしょ? あたしが女子の一位だったんだよ。その時から、かっこいいなと思ってたの。クラス違うからよく知らなかったけど、あんまり学校来てないんだね」
「うん、去年の途中から」
「行事にはちゃっかり参加してるんだよね。何で来ないのかな? 全然、いじめとか関係無いタイプだし、来たら普通に皆に囲まれて楽しそうにしてるのにね」
「勉強が嫌いなんじゃない? 早く来ないかなあ。絶対仲良くなってやる!」
「でも、遥香ちゃんの本命は別の人なんだよねえ」
「言わないでよお!」
言って欲しくて仕方ないという風だが、その浅ましい姦しさが楽しい。女の子って楽しい。
「ちなちゃんは好きな人いないの?」
え、と言ったきり固まる。矛先が自分に向くとは思っておらず油断していた。
「木村君、良いじゃん。幼なじみなんでしょ? ずっと同じクラスなんて運命感じるよね」
「ね、好きになっちゃえば?」
無責任に、いい加減を言われているが、楽しいからそれも良いかと流される。「そうだね、でも、遥香ちゃんは良いの?」と聞くと「うん、本命は丸山君だから」と、しれっと自分で暴露する。梨桜ちゃんの補足によると、丸山君は隣の組の学級委員だそうだ。
「ね、一緒に帰ろう」
「うん。でも昇降口までね」
「「「逆方向だから!」」」
最後は三人でハモって、ハモったことに大笑いした。
結局、木村君に渡す配布物を取りに行かなければならなかったので、職員室の前で二人と別れ、一人、中に入っていく。三月までとは配置の変わった先生方の机をキョロキョロと見回していると、案外すぐ近くから「おい中田、こっちこっち」と担任に呼ばれた。渡されたプリントは、それほど多くもなく、きちんとまとめてクリップで留めてあった。
「これな。宜しく頼んだぞ、あと、お前ら、仲良いのはいいが職員室の前は静かに歩けよ」
言って、ニヤリと笑う。それで「あ、もしかして」と気付いた。この教師は、新年度を出遅れた生徒が朝から一人ぽつんと小さくなっていたのを知っていて、敢えて、皆が取っ付きやすいよう、クラスの用事を言いつけ、名前で呼んでくれたのだ。
「はい。……ありがとうございます」
「そこは『すみません』だろう? 変な奴だな」
ペコリとお辞儀して職員室を後にする。大人の手の平で転がされたのは面白くないが、それでも、自分を見てくれていたことと、態とらしくない心配りが有り難くて、自然と足取りは軽くなった。
帰り道、歌い出したいような気分で跳ねるように歩くと、ランドセルにぶら下げたキーホルダーがガチャガチャと鳴った。お気に入りのキャラクターや、家族で行ったテーマパークで駄々を捏ねて買ってもらったものだが、今は、忌々しく耳障りに感じた。あの素敵な二人のお友達に見合うのは、ガチャガチャなどでなく、チャリチャリとかシャラシャラといった洗練された音。ただ好きな物の寄せ集めなどでなく、選択された物。
……私は選択されたのだ!
そう思うと、もうどうしようもなく、背中がむずむずする。道路の脇に座り込むとランドセルを下ろし、その場でキーホルダーを外して乱暴に仕舞った。
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