猫には服なんか着せない方がいい。(完)

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猫には服なんか着せない方がいい。(完)

 判定の間を出て数時間。 ──ついに、ボクらは上世界へとやってきた。 「うわっ、すごいな〜! やっぱり上世界は、街並みからしてボクらの世界とは違うよねえ」  気まずそうなコシュカちゃんをなんとか和ませようと、無理やり色々と喋ってみてはいるものの……。 「そうですよね、ハイテクですから……拷問道具なんかもすごいですよ。……ははっ」  ずっとこんな調子だ。 「──ねえ、コシュカちゃん。王様だってさ、ボクはよく知らないけど……そんなに酷い人じゃないと思うよ? 気にし過ぎじゃないかな」 「……だけど、飼い猫の生まれ変わりがゴキブリに転生しそうだから──って使いまで出して、機を見て“()れ”って言うような王様ですよ……?」 「うっ」  あまりに気まずい雰囲気。どうしよう……。  こんなとき、手を握ってあげるのは優しさなのだろうか? 「──でも、もし! 無事でいられたら!」  長い沈黙を破ったのは、彼女の方だった。  強がった笑顔で振り返る姿に、胸が痛くなる。 「あなたにこの街を案内したい……。お気に入りの小物屋さんとか──それに、素敵な時計台があるんです」 「それは……楽しみ、かも」 「あとは、パンケーキ! あれは絶品で…………もう、下世界のは食べられなくなるんじゃないかな、っていうくらい……」 「あはは」  ようやく2人とも、自然に笑えた気がする。 「……だから、わたしはもう逃げません」  彼女の目に、たしかな決意の輝きが見えた。 「──うん。ボクもだよ」 ……そして。 ──とうとう、この扉の向こうには、上世界の王様が……。 「あああ、どうしようどうしよう……」 「コシュカちゃん、落ち着いて!」 「ええと……“当初は、しっかり任務を遂行しようと努めていたのですが”〜〜〜」 「……あ、リハーサルしてる」 「もう、もう……! 天成さん、手ぇ握ってくださぁぁあい……」  あれ、はじめて名前を呼ばれた気がするぞ……。  ボクは嬉しくて、その手をぎゅっと、強く握った。 「あ、こうしていると、安心できるかも……」 「じゃあ、ずっとこのままでいるよ」 「……あなたの優しさに甘えて、もっとわがままなこと、お願いしてもいいですか……?」  そう言って、彼女がゆっくりと目を閉じる──。  チャーハンの件もそうだけれど、どうしてこう……要求がひとつ通るとどんどんエスカレートしていくんだろう、この子は。  だけど、そんなわがままにボクも…………。 ──2人の影が重なったその瞬間、まるでそれが部屋を開けるための鍵だったかのように、重い鉄の扉がギギギ……と音を立て、視線の先に吸い込まれて行った。 「見ぃ〜ちゃった〜っ!」  部屋の中から明るい声が聞こえてくる。が。  ボクたちは未だに状況がよく飲み込めていない。 「見ちゃった、見ちゃった、見ちゃったぞ〜」  小柄な男がひょこひょことスキップしながらこちらに向かってくる。 ……それに気が付いた瞬間、真っ赤な顔をした彼女が、慌ててボクの肩を突き放した。 「へ、陛下……!」  この男が──上世界の王様か。  なんかずっと、ニヤニヤしてるな……。 「コシュカ、お前もそういう年頃か……ふーん」 「ちょっ……はあ!? な、なにがですか!?」  それはちょっと、一国の王様に対しての言葉遣いじゃないと思うんだけど……。 「あの、あのっ! 今日は……本日は、そんなことよりですね…………!」 「いや、いいよいいよ。全部わかってるから」 「えっ?」 「……お前、王玉(おうたま)の存在、忘れてただろ」 「──ああーっ!!」  王玉ってなんだよ。 「ててて天成さん、大ピンチです……」  彼女がそっと耳打ちしてくる。 「……なになに、王玉ってなに!?」 「ほら、以前──王様が上世界からずっとあなたのことを見ていた、という話をしたことがあったじゃないですか……」 「ああ……そういえば」 「それはその、王様が持つ“王玉”という不思議な玉が下世界の様子を映し出してくれるみたいで……」 「ふーん…………って、ああーっ!」  思わず叫び声を上げてしまう。 「そういうこと。ずっと見てたもんね〜」  じゃあ、アレもコレも……全部……? 「わしの悪口言ってるところも聞いちゃった」 ……お、終わった…………! 「──でも、いいよ。許しちゃう」  えっ? えっ? 「いいよ、いいよ。全然いい」 「へ、陛下……本当ですか……?」 「うん。実は──ついさっき、ちょっぴり嬉しいことがあったんだよね〜」 「そういえば……今日の陛下はなんだか、ご機嫌がよろしいような……」  コシュカちゃんの緊張が、どんどんほぐれていっているのがわかる。 「ニャン太! じゃなくて──天成くん!」 ……ニャン太ってなんだよ。 「キミの飼い猫のマオちゃん……残念ながら、判定の間では再会することができなかったようだね」 「ええ。すでに生まれ変わってしまったみたいで」 「……まあ、その“生まれ変わり”というのが、この上世界のどこかにいるわけだが──さて、どこにいると思う?」 「どこに、って…………」 ──ニャー。  どこからか、猫の鳴き声が聞こえてきた。 「あらら、フライングしちゃって……。おいで、ニャー子ちゃん」  ニャー子と呼ばれた猫が、トコトコと王様のもとに向かって歩いてくる。 「……なにを隠そう、なんと! このニャー子ちゃんこそがマオちゃんの生まれ変わりなのだ!」  この子が…………マオの生まれ変わり──。  そう言われると、どことなく面影がある……。 ……王様に抱かれた子猫の顔をじっと見つめていると、何故だか涙が溢れ出て止まらなくなった。 「この子をキミに譲ることも真剣に考えたのだが──まあ、キミは……わたしが一番信頼しているコシュカとそういう関係、みたいだし?」 「どういう関係ですか、陛下」 「……こう言うと聞こえは悪いかもしれないが、うちのコシュカとというのはどうだろう?」  マオと──コシュカちゃんを……? 「ちょっと、彼にそんな……」 「──悪い話ではないと思う。この子をわしに預けてくれるなら、この子をニャン太だと思って……キミの来世についてもきっぱり諦める」 「陛下っ! これ以上はやめてください!」 …………。 「──いいんだ、コシュカちゃん。答えはすぐに出たから」  そうだ、そんなもの、決まっているじゃないか。 「…………マオ──いえ、ニャー子ちゃんは、王様が可愛がってあげてください。だから……」 「うむ」 「て、天成さん……? そんな……本当にいいんですか? せ、せっかく……」 「──うん。この子はマオじゃないけど──コシュカちゃんは、コシュカちゃんだから」 「……よくぞ言ったな、天成くん。意地悪なことを言ってすまなかった」 「いえ……いまは彼女と一緒に居られることの喜びの方が大きいんです」 「……てっ、天成さん!?」 「おアツイですの〜」 「陛下も、からかわないでくださいよ……!」 「──して、2人はこれからどうするつもりなのだ?」 「むううん……。あっ、パンケーキでも食べに行きますか?」 「うん、いや、でも……その甘さは、さっきちょっと、味わっちゃったかな……?」 「──変態!? 変態発言ですか!?」 「……ボクとしては逆に、下世界のグルメも紹介したいかも」 「あっ、それはいいですね! お取り寄せとか興味あります! あなたのお部屋で、ぜひ……」 「変態だ、変態発言だ!」 「…………それでは、わしが下世界までのチケットを手配しよう。コシュカにはもう──わが国のマシーンは使わせられないからな」 「わざわざすみません……」 「しかし! 今度こそ本当に、行きの2枚分しか用意しないぞ!」 「……はいっ! ありがとうございます!」 ──ボクはこの、コシュカちゃんとともに──これから先の道を歩んでいきたいと思う。  マオのことは…………多分、一生忘れられないだろうけど。でもきっと、それを受け入れて前に進み続けるしかないんだ。 “猫は着替えてやってくる”と誰かが言っていたけれど、猫は服を着るのを嫌がる生き物だから……せっかく着替えても、ご主人様に見せるのは恥ずかしくて、出てこられないのかもしれない。 ……その代わり、自分がいなくても寂しくないように──と、その後の人生まで変えてしまうような素敵な出会いを与えてくれるのではないだろうか? ──だからボクは、あえてこう言いたいと思う。 『猫には服なんか着せない方がいい』──。
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