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雲の上にも世界がある。
「……やっぱりやめたい」
「ダメだよ。もう、空飛んじゃってるもん」
「はぁぁぁ……」
──そう。ボクらはいま、雲の遥か上を突き進んでいる。上世界の王様に、これからの2人のことを認めてもらうために……。
「……だってわたし、ヘタすれば処刑ですよ!? 婚前旅行がこれじゃあ、浮かばれませんって……」
「死んじゃったらフワフワ〜って浮かべるんじゃない?」
「そういうことじゃなくて」
「まあ、生前旅行にならないように気をつけないとね」
「……つまんないです」
──やっぱりこの子は、ノリがわからないみたいだ。
「……あっ、そういえば!」
「なんだよ突然」
「マオちゃんに会わせる約束でしたよね?」
「忘れてたんだ、逆に……」
飼い猫のマオにもう一度会いたい──というのが、はじめにボクが彼女を受け入れた理由だった。
「すみません、浮かれちゃって」
「やっぱり浮いてるんじゃん」
「だーかーらー!」
でも、いまは──それとは関係なく、彼女のことが好きだ。
「…………あ。そろそろ判定の間に着きますよ」
「マオ……」
──“判定の間”と呼ばれる神殿のような建物に入ると、正面玄関から進んですぐのところに受付カウンターがあり、そこにはひとりの老婆がズシリと腰掛けていた。
「ここに亡くなった方々の魂が集まって……役人たちから点数のチェックを受けたあと、こちらの──デンマ女王からの最終判定を受けて、新しい命として生まれ変わるシステムになっているんですよ」
「エンマじゃっ! 誰がそんな卑猥な名前、名乗るかっ!」
「ど、どうも……よろしくお願いします」
「──何年か前まで、亭主の閻魔大王がやっていた仕事なんだけどね。あの馬鹿、腰をやっちまってさ……本当にドジな奴だよ」
「はあ……」
「ね。おばあちゃん、そんなことより」
「わしがいつお前のばあちゃんになったんじゃい」
「……ほら、ラインで連絡した、マオちゃん」
「ああ」
閻魔様もラインするのか……。
「……残念ながらもう、生まれ変わっちまったみたいだよ」
「ええーっ!? じゃあラインで教えてよ!」
「ヒッヒッヒ、未読スルーがわしの得意技じゃ」
一番タチが悪いやつじゃないか!
「──っていうか、なんで他人事みたいな言い回しなんですか」
「なにがじゃ?」
「生まれ変わったみたい、って……閻魔様がここで判定しているんでしょう?」
「ああ、わし、ハンコ押してるだけだから」
「……適当なんですよ、この人」
ええ……。
「だって疲れるんだも〜ん」
最終チェックが甘過ぎるだろ!
「ただでさえクソ忙しいのに……特に下世界の、お前の国! 1日に何人来るんじゃ! 図書館でも動物園でもどこでもいいから、間違ってもここにだけは逃げてくるなと伝えておけっ!」
「そんなこと言われても……」
……ここに逃げ込む手前の状態だった自分には、耳の痛い話だなあ。
「──とにかく。日に何千、何万と判定に来る中で、いちいち魂どもの顔や行く末なんて気にして覚えていられないんじゃよ」
まあ、たしかに、それもそうだよな。
「……残念だけど、仕方ないか」
「申し訳ないです、約束を破るような形になってしまって……」
「コシュカちゃんのせいじゃないんだから! 気にしないでよ」
「……本当に優しいんですね」
「そ、そうかな?」
「そうですよ! わたしはあなたのそういうところが……」
ドキドキ……!
「──だあーっ! ここでイチャイチャするんじゃない!! 気が散るからさっさと帰れっ! 死ねっ!」
「死んだらまた、ここに戻ってくることになると思うんですけど……」
「うるさいっ! さっさと上世界に行かんかい!」
──いよいよ。
いよいよ、決戦のときがそこまで来たみたいだ。
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