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突然。
“猫は着替えてやってくる”──調べてみると、わりと有名な話みたいだ。
亡くなった猫は、毛皮を着替えて飼い主のところに戻ってくる……か。なるほど。
いままで、意識的に“猫との別れ”についての話題は避けつづけていた自分にとっては、斬新な解釈だと感じた。
──もしかしたら、また、マオに会えるかもしれない……。
われながらバカバカしいとは思いつつ、それでも心のどこかで期待してしまう。
「……よし!」
そうと決まれば、いつまでも部屋に引きこもっているわけにはいかない。せっかくマオが着替えてやってきても、自分が受け入れてやれなければ意味がないんだから。
……ボクはようやく、もう一度、外に出る決心がついた。そう──マオのために。
「おはよう」
部屋を出てすぐの階段を降りて、一階のキッチンに立つ母親の後ろ姿に声をかけた。
「え……!? え……おはよう」
幽霊でも見たかのような顔。……まあ、いまのボクは死んだようなものか。
「もう大丈夫? 髪、ちょっと伸びた? それに……痩せたね」
たかだか1週間でそんなに変わるものなのだろうか。だけど、親はそれだけ心配してくれていた、ということなのかもしれない。
……迷惑をかけていたことはもちろん自覚しているし、大人げない反抗をしていることも頭ではわかっていたから、後ろめたい気持ちは当然ある。
「うん、大丈夫。今日から学校にも行くよ」
そうしてボクはシャワーを浴びて、テーブルの上に用意されていたパンとベーコンを食べ、すべての授業の教科書を詰め込んだパンパンのスクールバッグを持って、家を出る。
「行ってきます」
マオに会えるのは今日だろうか? それとも明日?
そう考えると、これからの毎日が希望に満ち溢れたものに感じられた。
しかし。目の前に現れたのは──。
──松野 天成。高校2年生。
きっとこれが、最初で最期の自己紹介になるだろう。
ボクは猛スピードで突っ込んでくる大型トラックを見つめながら、そんなことを考えていた……。
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