自重される事情。

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自重される事情。

 トラックの運転手と事故だ、保険だの話をつけてから、ボクたちは靴を脱いでこっそり二階の窓に手をかける。……自室の窓が裏庭に面しているため、もしものときを考えて鍵はかけずにいたのが役に立った。  といっても、それは猫を遊ばせたりするという意味の“もしも”であって、まさか──こんなことが起こるとは、予想もしていなかったが……。 「──いきなりですが、わたし、この世界の人間じゃないんです」 ……なんなんだ、この子は! 部屋にあがるなり第一声がそれか。  ちょっとは“まあ、座りなよ”とか、天気の話とか、雑談くらいさせてくれ。 「あ、ああ……なんとなく、そんな感じは」  していたさ。していたよ!  だって、トラック片手で受け止めてましたもんね! 「あまり驚かれないんですね?」  驚いてるよ! ビックリだわ!!  だけど頭の整理が追いつかないんだよ……。 「いや、なんというか……。つまりキミは、マオの生まれ変わりってことでいいのかな?」 「生まれ変わり……? あっ、ああ……! そういうことですか」  どうやら違ったらしい。 「……残念ながら、わたしは猫のマオちゃんの生まれ変わりではありません」  あ、やっぱり正解。 「マオちゃんはまだ、“判定期間中”ですから」 「判定期間……?」  聞きなれないワードだ。 「……つまり、こことは別の、わたしが住む世界──そうですね、仮に“上世界”とでもしましょうか」 「上世界……」 「そこに暮らす人々は、事件事故や老衰で命を落とすと必ず、過去すべての善行と悪行を採点形式で判定され、それによって来世での器が言い渡されるのです」 「なるほど」 「もちろん、得点がプラスに近ければ近いほど位の高い生き物に転生できますし、その逆もまたしかり……」 「輪廻転生(りんねてんしょう)、ってやつ?」 「はい。それまでの待ち時間のことを、われわれは“判定期間”と呼んでいる、というわけです」 「……それじゃあ、その判定期間が終わったら、どういう形であれ──たとえば犬の姿だったとしても、もう一度マオに会えるってことだよね?」  でもあいつ……トイレが下手だったからなあ。 もしかしたら次は、クワガタ辺りかもしれない。 「むううん……それがなかなか、ストレートには難しいんですよ」 「え? どういうこと?」 「……話の続きになりますが、上世界と同じように、こちらの──“下世界”としますね。この下世界で亡くなった方にも、当然、判定期間というものが存在します」  ああ、そうか。さっきのはあくまでも、上世界での話だったな。 「そうして……上世界の死者は下世界に、下世界の死者は上世界に──それぞれ指定された器の形で生まれ変わるのです」 「ええと、つまり……」 「マオちゃんが判定期間の後に新しい姿で生まれ変わるのは上世界になりますので、こちらの世界で彼女と出会うことは──それこそ、できないということになりますね」  ガ……ガーーーン! 「や、やっぱり……ボクも後を追って死ぬしかないんだあー!」 「それは困りますっ!」  少女が自暴自棄になったボクの腕をグッと引く。痛い痛い痛い……。 「もしいま、あなたに死なれたら……それだけは、わたしがなんとしても阻止しますから!」  それじゃあとりあえず、その手を離してください。このままだと死んでしまいます、マジで。 「はあ……はあ……すみません、取り乱しました」  少女が肩で息をする。 「それは……全然、いいけど……そういえば、な、なんの用事があったんだよ……ボクに……」  ボクは虫の息だ。 「──それなんですが!」  おお、急に元気だな……。 「実はその、すぐにでも事情をご説明してですね、わたしもサッと帰りたかったのですが……」 「で、ですが……?」  こっちは、まだまだ元気になれそうもない。 「移動用のエンジンを片道分しか積んでいなくて! 帰りの分が足りないんですよ!」 そりゃあ大変だ。 「……というわけで、非常に申し訳ないのですが」  おい、まさか。 「帰りの目処が立つまで、ここに置いていただけませんか──?」 ……言ったー! 予想通りのこと言いやがったぞ! 「いやいや、悪いけどさ。突然やってきて、ロクに自分の事情も話してくれないような子のお願いを引き受けるわけにはいかないよ」 「どうしてもダメですか?」 「申し訳ないけどね」 「──ああ、そうですか。せっかくマオちゃんに会わせてあげようと思ってたのになあ」 …………ん? いま、なんて言った? 「それでは、お世話になりました──」 「ちょっと待てって!!」  思わず、胸ぐらを掴んでしまう。 「お話、聞いていただけますか?」 「きっ。聞くだけだからな……!」  これはもう、完璧に向こうのペースである。 「……つまりですよ。なぜ、わたしがマオちゃんのことを知っているか、ということです」  たしかにそうだな。 「さきほどの判定の件ですが……実は、上世界と下世界の狭間にある“判定の間”というところで行われているんです。だから、お互いの世界を行き来するときは必ず、あそこを通ることになるんですよ」 「だ、だから……?」 「あなたが協力してくれるのであれば、上世界に帰るついでに、そこに寄ってもいいと言っているんです!」  ええと、ええと──? 「もうっ、鈍いですね……」  こ……こんな小さな女の子に呆れられてしまった! 「わたしがスムーズに帰り支度を済ませられれば、マオちゃんが上世界で生まれ変わってしまう前に、判定の間でもう一度会えるかもしれない……ということですよ!」 ……そっ、そういうことかーっ! 「いまはわけあって事情をお話しできませんが、わたしにはあなたをお守りする義務があります。──それと同時に、上世界に戻るためのエネルギーを確保する必要も……」  少女がまっすぐな目でボクを見つめる。 「どうか、しばらく面倒を見ていただけませんか? わたしのこと──信じてほしいです……」 ……ボクの気持ちは、もう、とっくに決まっている。 「──失礼なことばかり言ってゴメン。こんな狭い部屋でよかったら…………」
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