一、出会い

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 のちの油小路における伊東一派の粛清につながる、土方と伊東一派の内部抗争は、既に水面下において始まりつつあったのである。  京の北東部比叡山南西の麓、一乗寺清水町あたりから叡山へ向かう道がある。  古くは僧兵が通ったと言われるこの坂は、洛中より仰ぎ見ると、あたかも雲が立昇るごとくに眺められたという。名を雲母坂。別名不動大坂と言った。  その坂を半里ばかり上ったところに荒寺があった。本尊の見事さから察するに、元々は由緒正しい寺だったようだが、今では見るかげもなく荒れ果てていた。  斎藤の行き先はそこである。  昨夜からの雪で道はぬかるみ、溶けはじめた雪はちろちろ蛇行するちいさな流れとなって坂を下っていた。草履はいうにおよばず、ぬれてかたく縮んだ革足袋が指先に食い込んで、余計に足先が凍える。  壬生の屯所のあたりはまだしも、洛中ではすでに雪がかき分けられていた。  だが、四条大路を東へ抜け、白川通を北上したさらに北東。修学院に近づくにつれてあまりの道の悪さに辟易し始めた。  このまま雲母坂を上るか引き返そうか、斎藤は坂の下で首をひねった。  その時である。  突然、人影が角を曲がって飛び出した。  斉藤はとっさに身体を引いた。相手も驚いてたち止まろうとした。が、雪に足を取られて勢いよく転倒した。 「大丈夫か?」 「助けてくださいっ!」  弾けるように抱きついてきた身体をささえて、今度は斎藤がぶざまに尻餅をついた。  まだ華奢な少年の身体である。斎藤の着物を鷲掴みにした手が、ぶるぶると震えていた。 「どうした。放しなさい」 「た、助けてください!」  少年が曲がってきた角から声高な人声が聞こえる。泥雪を踏んで近づく気配に、腕のなかの身体が一層強張った。 「追われているのか」  せわしく首が縦にふられた。  斎藤は着物から少年の手をひきはがすと、おのれの背に隠すように立った。腰から下がぬれたなんともいえない気持ち悪さに、口のなかで悪態をつく。  角を曲がってでてきたのは、三人の若い侍だった。顔を真赤にさせて抜身を下げている。斎藤の後ろに見つけた姿を指さして頷きあった。 「その者を渡せ!」  斎藤は眉をひそめた。丸腰の少年を多勢で追っているのも勿論、その威気高な態度が勘にさわった。 「いやだね」 「なにを!」  三人はいきなり抜刀した。
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