一、出会い

1/7
8人が本棚に入れています
本棚に追加
/62ページ

一、出会い

 慶応元年(一八六五)正月二十三日。  京は夜半から雪になった。  一夜明ければ青空に雲ひとつなく、一面の雪に冬陽が真夏のようにきらめいていた。  斎藤一は中庭に面した広縁に出ると、両手をあげて大きくのびをした。久しぶりにとれた非番の一日である。何するとはなしに浮き立つものがあった。 「斎藤さん!」  聞き慣れた声に振りかえると、いきなり雪の塊を顔面にくらった。 「やあ、あたった、あたった」 「総司!」  悪戯のぬしは、庭の松の陰からひょっこり顔を出した。  美貌である。  細面の、どちらかといえば女性的な顔だちのなかで、大きな目が悪戯っぽくかがやいていた。肌はぬけるよう白い。白いというよりはそのまま血脈が透けてしまいそうな、そんな色だった。色の薄い瞳とおなじ、陽に晒すとやはり色が褪せる髪は細くしなやかで、たっぷりとした量感がある。しかし、何よりも青年らしい闊達が、それらから脆弱さを払拭していた。 「これからおでかけですか。今日は確か……非番ですよね」  沖田は雪のうえに下駄の跡を残し、軒下までやって来た。 「ああ。所用があってね。午後には戻るつもりだ」 「それはよかった」  沖田は廊下に上がると、そっと耳を寄せた。 「では、お戻りになったら、私におつきあいいただけませんか」 「これかい? めずらしいこともあるもんだ」  斉藤は竹刀を振る真似をした。  沖田は隊中一の剣の達人である。だが、隊中一の稽古嫌いでも知られていた。 「違いますよ。土方さんみたいなこと、言わないで下さい。実は、斎藤さんに見立てて頂きたいものがあるんです」 「おや?」  斎藤は人の悪い微笑を浮かべた。 「とうとう、総司にもいい人ができたのかね。それは重畳」 「わかってらっしゃるくせに」  沖田がすねた声で答えるのへ、斎藤は柔らかく目を細めた。 「江戸の光殿へだろう? 四つ刻には戻る。それからでもよいならば構わんが……」 「お願いします」  沖田は目が輝かせた。  と、軽い足音とともに、怜悧な目をした細身の男が姿を現した。  副長の土方歳三である。黒羽二重の紋付に見事な仙台平の袴を着け、黒々した豊かな髪を総髪のまま大髻に結いあげていた。  土方は沖田の姿を見つけると、役者のようだと騒がれる涼やかな目元をほころばせた。 「ここにいたか。これから黒谷へ行く。おまえも一緒に来い」
/62ページ

最初のコメントを投稿しよう!