スキナバショ

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スキナバショ

  泥酔した父親は朝まで起きる事はなかった。朝までどころか昼まで起きない。大きなイビキをかき、合間に無呼吸を挟む。いっその事そのままでいてくれといつも願うも、残念ながら毎回ガボッと泥濘から足を引き抜いた様な音を立てて呼吸を通り戻す。再開したイビキにドアの開閉音を紛らわせて彼女は家を出た。  時折こうやって彼女は夜間に出かける。昼間に外出する事はない。必要なものは父親がネットで注文した。食材や衣類、常備品や薬に至るまで。彼女の下着や生理用品をどういう顔をしてカートに入れているのか想像して嘔吐したこともあった。  母親が居た頃はよく一緒に商店街に買い物に行っていた。よくしゃべる肉屋の主人に母親にそっくりだと毎度言われた。確かに自分でも似ていると思っていたが、今はそのせいで父親からの暴力を余分に受けていた。母は彼女から見ても綺麗な人だった。けれど母に似ているという自分の顔を綺麗だと思ったことは無かった。  深夜の住宅街は殆ど人に会うこともなく、褪せて拠れたジャージも頬の痣も闇に隠して歩ける。明るいコンビニを避け、なるべく暗い道を行く。大きな提灯が灯っている家の前を通る。宗教関係の家だと母親に聞いた覚えがあった。買い物について行ってた時間には太鼓や鐘を叩く音やお経の様なものが聞こえていたが、さすがに深夜は他の家と同様静かだったが提灯だけはぼんやり明るい。彼女の母親は宗教に逃げた。この提灯のところとは別の宗教だったが、自分だけが救われようと彼女を生贄にして母親は消えた。 ――神様は自分を救ってくれない――  それ以来彼女は全ての神を拒絶した。神の威光を避ける様に提灯の灯りから極力遠ざかって通り過ぎた。  住宅街を抜けると、葦が密生する河川敷が見えた。彼女の唯一好きな場所が、雲上の月のくぐもった光の中で暗くサワサワと音を立てていた。河川敷に沿う土手の道端に外国製クロスバイクのほっそりとしたシルエットが見えた。その脇に河を見つめて座る、バイクと同じくほっそりとしたヒロキのシルエットも見えた。
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