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失恋話7
おれは頭に来て、飲んでいたウイスキーを、その子にも注いで渡してやったよ。
『娼婦の子なんだから、酒くらい飲めるだろう』
って――。その子はビックリしたような顔をして、それから、困ったような顔をして、おれが差し出したグラスを受け取ったよ。飲めなきゃ置いておけばいいのに、匂いだけで酔いそうなそのグラスに口をつけるんだ。でも、やっぱり飲めないらしくて、舌をつけただけで眉を落として……。やっぱりおれが悪者じゃないかっ、て、口に出して叫びそうになったよ。――そうだろ? その子は、苛められても黙っているんだ。飲めもしない酒を渡されても、じっと黙って堪えているんだ。――何故そうまでしてここにいなきゃならないんだよ? さっさと母親のところへ帰ればいいじゃないか。おれはその子を侮辱したんだぞ。娼婦の子呼ばわりして、傷つけたんだ。それなのに、何でそんなことを言った男の言葉通り、素直にウイスキーに口をつけなきゃならないんだ? 貧乏人はそこまでプライドがないのか?」
ビルの声は、だんだん高くなっていた。
ぼくは少し困りながらビルを宥め、彼のグラスに、氷を二つ、入れてやった。
「……すまない」
ビルはそう言って、氷の入ったウイスキーを傾け、声を落として再び話しを始めた。
「おれはその子のことを、ずっと、頭の足りない常識のない子供だと思っていたよ。だけど、大人の中にさえ、あの子ほど利口で、人の気持ちの解る人間はいやしない。万聖節に帰り損ねた妖精のような子なんだ。笑っていても、傷ついていない訳じゃない。母親が客を取っている間、あの子はずっと外に出されていて、行き場もなかったんだ。やっと安心して過ごせる場所を見つけた、っていうのに、その家でも飲めない酒を渡されて、辛く当たられて……それでも、あの子は帰ることが出来ないんだ。おれは、自分がどんなに酷いことをしたか、解っていた。だから、その子にいつも通り、ジュースとお菓子を出してやったんだ。自分のしたことを忘れさせようとしたんだよ。さっきの仕打ちはなかったことにしてほしい、と……。酷いだろ? お菓子は少なめにして、冷蔵庫にあったグラタンを暖めてやった。あの子は、そのグラタンをおいしそうに食べるんだ。
『熱いから気をつけろよ』
って言ってやったのに、二、三度フーフーしただけで、もう大丈夫だと思って口に入れて――。食べたことがないんだよ。グラタンみたいな有り触れた料理でさえ。あの子は、あまりの熱さに目を白黒させて……おれと目が合うと、へへェ、と笑ってみせて……。何だか、涙が零れ落ちそうになったよ」
そういうビルの瞳には、また、大粒の涙が浮かんでいた。
「おれは、それからずっと、晩ご飯を二人分用意して待っていたよ。栄養士の資格を持っている家政婦を雇ってさ。いつも二人で晩ご飯を食べて――。驚いたよ。あの子は賢い子なんだ。ナイフやフォークの使い方もすぐに覚えて、きれいなテーブル・マナーで食事をするようになった。おれが教えた訳じゃないんだ。おれの食べ方を見て、あの子が勝手に覚えたんだ。おれは、それだけで何だか嬉しくなったよ。その子が自分の子のような気がしたんだ。親がしっかりしていれば、その子はちゃんとした世界で暮らして行けるんだ。
『十月三十一日は朝からおいで』
って、おれはその子に言ってやったよ。子供が大好きなハロウィンの日だから、目一杯飾り付けをして、たくさんお菓子を買って、その子を驚かせてやろうと思ったんだ。それで、十月三十日――昨日は夜通し、部屋の飾り付けに時間を潰した。お菓子も車に一杯、買って来た。デパートまで二回も往復したよ。最初の一回はハロウィンの飾り付けを買うために、二度目はお菓子を買うために――。デパートには、煩いガキがワンサといたさ。おれも、自然とあの子と同じくらいの年頃のガキに目が行った。だけど、馬鹿なガキばっかりなんだよ。あの子みたいに可愛い子供は一人もいないんだ。あの子が一番、可愛いんだ。おれは、すっかり気分が良くなってさ。今日は早起きをして、あの子が来るのを待っていたんだ。あの子を車に乗せてやろうと思って、昨日、何時間もかけて車をピカピカに磨いてさ。今日は一日中、あの子の相手をしてやるつもりだった。そして、こう訊こうと思っていたんだ。
『ここで一緒に暮らさないか?』
ってな。それなのに……それなのに、あの子はここへは来なかったんだ……」
グラスを持つビルの手が、細かく震えた。
もう涙も堪えていられないのか、ボロボロと恥も外聞もなく、泣きじゃくっている。
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