3人が本棚に入れています
本棚に追加
「権現様…かの徳川家康公は、真達羅大将の化身だという」
化物が語る。竹子は目覚めても残る鳩尾の痛みに、動けぬ体を木の幹に預けてそれを聞いていた。
「真達羅大将、あるいは寅童子。我が紀州徳川家は特に将軍家に近い血筋であるとされる。
ゆえに余も死して、真達羅大将の御姿を借り蘇ったのだ」
真達羅大将は仏教における十二神将の一柱であり、薬師如来の眷属とされる。家康公の母、於大の方は立派な跡継ぎを望んで鳳来寺を参拝した。すると寺に祀られていた真達羅大将の像が消え、代わりに於大の方が身籠ったという。ゆえに家康公は真達羅大将の化身であるのだと。その話は竹子も知っているが、それと化物の話を信じるかは別だ。
「真達羅大将に翼は生えておらぬ」
声を出すと、まだ腹に痛みが響く。顔を顰めそうになるのを竹子は根性で抑えた。
「真達羅大将は天竺において、かつてはキンナラという半人半獣の神であったという。獣の部分は馬や鳥であるらしいが、余は後者だな」
ついでに虎の頭は、真達羅大将が十二支の寅を司るがゆえだろう。と化物の態度は一切揺らがない。
「余の言葉を信じられずとも、お前は鉾を収めるべきだ。お前は余に負けた。武士の魂があるのなら、勝敗に従え」
「私を弱者と愚弄するか。実力が劣ろうとも、この命尽きるまで私は戦えるぞ!」
「まてまて…強い娘だなぁ。それだけお前に信念があるならば、尚のこと勝てぬままに刃を握るべきではない。あるいはせめて勝てないまでも、ここぞというときに命をかけよ。
意味のない敗北ほど、惨めなものはない」
口調は穏やかだが、その声には痛みがあった。それが竹子の険を削ぐ。竹子の肩から力が抜けるのを見て、化物…自称家茂は「それでよい」と頷いた。
最初のコメントを投稿しよう!