涙雨

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 傷を負った者たちには簡単な止血をして、そうして彼らの帯を利用して縛り上げた。朝を待って、町方にこの不敬者たちを知らせなければならない。  「殺すなよ、今の幕府にどれほど権威が残っているかわからぬが、それでも吐かせるべきことは吐かせる必要がある」  「お上の眠る地で殺生はせぬ」  「忠義者だなぁ」  心底感心したように家茂は言った。家茂に褒められると、竹子は首の後ろがむず痒くなる。これほどまでに真正面から、竹子は己の在り方を褒められたことがない。それに、見事というなら家茂もだ。不届き者たちは、殆ど彼が倒している。  「…家茂様」    深呼吸してから、竹子はその名を呼んだ。家茂の目が見開かれる。  「このたびは東叡山をお守りいただき、誠にありがとうございます。  この山は江戸の信仰を一心に受ける場所。もしここが火事になれば、多くの者が世を悲観いたしましょう。  私にあなたの言葉の真偽を図ることはできませんが、それでもあなた様が自らを家茂様とおっしゃられるのならば、それを信じたく思います」  「竹子殿」  「どうぞこれからも江戸の町をお守りください。そして私は会津の娘、徳川の臣です。お力が必要なときは、いつなりとお声かけくださいませ」  竹子の中で、なぜこのような心境の変化が起こったのか…実のところ己でもわからぬ。ただ、家茂は竹子を認め褒めてくれた。その信頼に応えたいと思ったのだ。  竹子を見る家茂の顔が、くしゃりと歪んだ。
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