幸せの呪縛

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ピルルルルル ピルルルルル 電話が鳴る、取りに行こうとしても体が動かない。重い、だるい...そんな倦怠感が押し寄せる 何時しか電話は切れていた。あぁ...これで何度目なんだろう...。最近は起き上がる事すら億劫になってきている。会社はもう辞めた。もうあんな理不尽に怒られるのは嫌だ、...他の人からして見れば根性無しの甘えた人間なのだろう。 私は重い体を何とか起こし、家の固定電話に向かった。わざわざそちらに掛けなくてもスマホに掛ければいいのに...とブツブツ呟きながら覚束無い足取りで受話器を取り、先ほどの番号に掛ける。 ピルルルルル...ピルルルルル... 「あんた!また家でゴロゴロしてるんじゃないわよね!」 「.....母さん、その話は」 「全く...母さんは情けないよ!上京して、いい会社に入ったと思いきや!たった数ヶ月で辞めるんだもの!私近所の人に顔向けできないじゃない!」 「...しょうがないでしょ」 「何がしょうがないよ!いい加減になさい!全くあんたは!これじゃ結婚も出来ないわよ!女は結婚して幸せになる生き物なんだもの!」 あぁ...また出た... 「ろくに職にもつかない!恋人も居ない!あんたは若さだけが取り柄なんだから!さっさと就職して結婚して子供産んで!早く孫を見せてちょうだいよね!」 ガチャッと電話が切れる。 ...確かに就職はしないといけない、だが結婚は違う。相手が居ないからとかの言い訳ではなく、別に私が結婚する義務は無い。孫の顔を見せてと言ってるがそれはそちらの要望、私は結婚して子供を産みたいだなんて一度も思った事がない。 ...それを言うと母は狂ったように怒り、ヒステリックを起こすだろう。 ...何故母親と言うものは自分の要望を子供に押し付けるのだろう。将来の為...とか言うが結局それは親の考えでしかない。子供がやりたいと言った訳でもないのに、あなたの為、将来の為、等と本心に似せた嘘をつく。結局は誰もが羨む完璧な子供を育て 、いい顔したいだけなのだ。 私は重い体を伸ばしベランダに出る。 時刻は午後4時、夕焼けが綺麗に見える。 私はそれをボーッと眺め、煙草を取り出す。 昔は吸わなかったが働き出してからストレスにより、酒と煙草をするようになった。 今は酒は飲まないが、煙草だけは もう手放せなくなっていた。 煙を吸い、吐くそれを夕日を眺めながら繰り返す。あぁ...私の人生は煙草のようにずっと同じことをするのだろう。何時しかそんなことを考えるようになった。私は煙草を吸い終わり中に入る。 テレビをつけ、ソファに座る。好きな番組のはずなのに今ではもう何も面白くない。ただの喋る箱のように思えてきた。 最近は喜びや興味が無くなってきている。 何処か遠くへ行きたい、消えたい...そんな考えが頭をちらつく、昔と違い...よく自分を責めるようになった。ちょっとした事でも不安や焦りを覚えるようになった。あぁ...私は病気なのだろうか 夜は眠れなくなり、明け方に眠る。食欲が無く ご飯はジュースのみ...一気に疲労感や倦怠感が襲い、倒れた事もある。 それらの症状を調べると...「鬱病」その答えが出てきた。薄々勘づいてはいたが、病院に行くのが面倒臭い...体が重い。なんせバレたくないそんな理由で先延ばしにしていた。 母に、私は鬱だ。なんて言った仕舞いには 「あんたが弱いから!ダメだから!そもそもあんたは甘えているだけ!病気に逃げているだけなのよ!甘えてないでさっさと職を見つけて結婚しなさい!」 なんて...そんな事を受話器越しで喚き散らされるのだろう。 「まるで猿ね...」 そう呟きながら私はソファに横たわった。 目が覚めたのは午前4時だった。 私は大きく伸びをし、風呂場へと向かう。 服を脱ぎ、自分の体を見る。 また痩せてる... 私は体重計を取りだし、その上に乗る 39kg 50kgあった体重が、何時しか10kg以上も落ちている。 だがそんな事はどうでもいい...もう私自身の体なんてどうでもいいのだ。私はシャワーを浴びる ふらふらする。視界がフラフラし、頭がぼーっとする。 このまま私は死ぬのだろうか...そう考えながらも私はシャワーを止め、フラフラと出る 体をゆっくりと拭く。何時しか私の体は冷えていた。 私はお構い無しに服を着る。 ふらふらとベランダまで行き、手すりの下を覗き込む。 私の住んでいるマンションは8階建て、私はそこの7階だ。今飛び降りれば間違いなく死ぬだろう。軽くなった私の体はふわふわと浮くだろうか...そんな馬鹿なことを考えながら、体を戻し煙草を吸う。これも何時もどうりなのだ。 夕日から朝日に変わった太陽を眺めながらぼーっと煙草を吸う。あぁ...だるい。私の頭には疲労の言葉しか出てこない。時刻は午前6時 鬱病の人はAランチからBランチに変えてみようという感覚で死を選ぶらしい。 私もそんな簡単に死にたい。 薬を飲んでない私は鬱に犯され続ける あの人は自分が鬱の原因だと分かっているのだろうか.....会社で働き出してからストレスが溜まり自分を責めたことが原因だと思うのだが、そこに追い打ちをかけたのは母なのだ。 「あんた!ちゃんと働いてるんでしょうね!専業主婦で働けない私の代わりにしっかり働いて来るのよ!後!いい人見つかった?早く結婚して孫を見せに来てちょうだい!あんたはすぐ怠けて甘えるんだからしっかりとサポートしてくれる人にしなさいよ!いつまでも怠けてないでさっさと仕事に戻りなさい!」 そういった電話をかけてきたのだ。第一私は電話をかけていないのにさも私が掛けたかのように仕事に戻りなさいだなんて...理不尽過ぎる。 怠けてる?甘えてる?私は理不尽ながらも怒られて一生懸命頑張って働いているのに怠けてる?ふざけるのも大概にして欲しい。今の私の頑張りを知らないくせに...専業主婦で働けない私の代わりにしっかり働け?巫山戯るな。働きたいなら働けばよかったじゃないか。母はあんたがいるから仕方なく専業主婦になったと言っていたがそれなら産まなくていいじゃないか。そんなに迷惑なら施設に預けるなどして自分は自由気ままにバリバリ働けばいいじゃないか、そんな考えが頭をぐるぐると周り、プツッと何かが切れた。 そこで私は会社を辞めた 思い出すだけでも忌々しい出来事だ。 私は太陽を睨みつける。誰にも晴らしようがないこの怒りを何かにぶつけなければ私はダメになる。...もうダメになっているのだが。 ピルルルルル...ピルルルルルと電話が鳴る。 私は苦々しいし表情を浮かべ重い足取りで受話器を取る。 「...もしもし」掠れた声を出し返事を待つ 「あんた、こっちに戻ってきなさい。」 母からだ。だがいつものヒステリーでは無いようだ。 「なんで」 「お見合いが決まったの。相手は45歳なんだけどね?お金持ちで凄くいい人なのよ!だから来週には戻ってきてね!じゃあ!」 ガチャリと電話が切れる。 お見合い?しかも45歳...私はまだ25...一周りも上の人とお見合いさせるのか...しかもお金持ちという事だけで... 私は熟呆れた。 有無を言わさない口調で捲し立て、伝えたい事を伝えたら返事を聞かず切る。あの人の人間性を疑うほどだ。 私は電話を掛け直す。 「何よ?あんたが掛けてくるなんて」 「お見合いの話。私受けないから」 「は?」 「絶対受けない。第1は私は鬱病だし、相手からお断りされるだけよ」 「は!?鬱病!?あんたまた甘えたこと言って!」 ほら見ろ...予想どうりの言葉だ。あの人は甘え、怠け、そんな事しか私に言えないのか 「母さんのせいよ。」 「は?私のせいだって言いたいの?」 「そう言ってる。」 「何を巫山戯たこと言ってるの!?あんたは昔っから馬鹿だったけどここまで馬鹿とは思ってもいなかったよ!産んで育ててやった恩を忘れたのか!?」 「別に私は産んでくれ、育ててくれ、なんて一言も言ってない。私を産んだのだって自分が幸せになりたいからでしょう?」 「は?」 「女は結婚して子供を産んでこそ...そんな考え方だから私を産んで幸せになろうとしたんでしょう?」 「何を言っているの!」 「母さんは私に女は結婚して幸せになるものだって言ったわ。私は結婚したいなんて言ってないわよ。母さんは私を産んで幸せになってその娘が結婚して孫を産んで誰もが羨む普通の家庭にしたかったのでしょう?」 「私は結婚する義務なんてないし、誰かの為に幸せになる義務もない。私はしたいようにする。」 「何を巫山戯たこと言ってるの!?私はそんなこと一言も言ってないわ!」 「言ったわよ。あんたが忘れているだけでしょう。私はきちんと覚えている巫山戯ているのはそっちよ」 「親に向かってあんたですって!?これだからあんたはダメなのよ!誰に似たのかしら!」 「じゃあ、あんたは私の名前を呼んだ?あなたも私の事あんたって言ってるじゃない。さっきから自分の娘を肯定することも無く。否定ばっかりして...あなたに似なくてよかったわ」 「はぁ!?」 「私は実家に帰らない。お見合いも受けない幸せになりたいならあんた自身が探せばいいじゃない。娘に自分の要望を押し付けないで。」 そこまで言うと私は電話を切り、母を着信拒否にする。 ふぅ...と息を吐き出す 言えた...ずっと言いたかったこと... 心做しか体が軽くなったような気がする。 私は母の呪縛から開放されたのだ... 私はバッグを手に取り保険証を確認する。 そして靴を履き、病院に向かった。
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