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「増えろ増えろ」そっとコインを乗せる。
「もっともっと増えろ」もうひとつコインを乗せる。
「さ、目を開けていいよ」
自分の手のひらの硬貨を見つめたあなたは、わぁ、と肩をすぼめた。
「ほら、魔法が効いた。これで買えるよ。おつりまで来ちゃう」
わたしを見つめるあなたの顔は薄暗い部屋に灯した蛍光灯みたいに、ぱっと明るくなった。
「増えたねぇ」抱きしめたくなるような笑顔だった。
「好きなのを選びなさい。赤いのをね」
「あか?」
「止まれ、の赤よ」
あなたは、悩んで悩んで悩み抜いて、一本を選び出した。
「これでいいの?」
わたしの言葉に、あなたはもう一度見比べる。手にしたカーネーションとバケツのカーネーションを一生懸命見比べる。左右に揺れるつむじがかわいくてしょうがなかった。
「うん、これ」
あなたの選択は間違っていなかったようだ。
わたしは、あなたが選んだ赤いカーネーションを丁寧に包んだ。カスミソウを添えて。
「お母さんに、何て言いながら渡すの?」
「はい!」って。
「ちょっと違うぞぉ」
「ちあう?」
「お母さん、いつもありがとうって言った方がいいよ」
「うん」あなたは何度も頷いた。
カーネーションを手に風の中を弾むように走っていくあなたの後ろ姿をわたしは店の外で見送った。
それは今も、記憶の中に鮮やかに残っている。あなたの手のひらから取った小銭の感触とともに。
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