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お父さまは、もう面会には行っていないのかしら?
あの家はもう、売りに出されて更地になって、今は違う家が建っているわ。
あなたが罪を償ってそこから出てきたら、まずお母さんに会いに行きなさい。
あなたの母親は、世界で一番、あなたを愛していたはずよ。
だから、お母さんは許してくれる。
それは、花屋の元看板娘が保証する。
そのときはね、あの日と違う白いカーネーションを一輪買いなさい。
そしてそれを、お母さまの墓前に供えるのよ。
あなたは今、苦しんでいるかしら。
でもね、そこを出たときから、あなたの本当の苦しみは始まる。
あなたは茨の道を歩くことになるわ。
けっして挫けないように、心を強く持って生きていきなさいね。
歳月を経たあなたとあなたの母親の間に、何が起こったのかは知らない。生きていれば人はいろんなことに遭遇する。いろんな感情に振り回される。時として心は環境に大きく左右されるから。
あなたがなぜ母親を憎むようになったのか、わたしは詮索しない。お母さまも知らないままだったと思う。いつもと変わらずあなたの話をしていたから。
あなたはきっと隠し続けたのね。それが良くなかったような気もするのだけれど、もしも誰かに問われてもそれを口にする必要はないのよ。然るべき場所では、問われて追い詰められて口にしたんでしょう? だからそれは墓場まで持って生きなさい。
息を弾ませカーネーションを買いにきたあなた。小さくてかわいらしかったあなた。長いまつげ。ちいさなてのひらに握られた暖かなコイン。そんなあなたの姿を、おねえさんは忘れていません。寒さ厳しき折柄、お体ご自愛ください。
─fin─
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