われわれは対等か

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圧倒されたマクシモフは、一切の思考が潰えてしまった。ラドニコフの声が頭の中でぐわんぐわんと反響し、視界の周囲は極端にぼやけてしまった。手はまったくといっていいほど力が入らないが、かといって垂れ下げているでもないから、わずかに痙攣したように机の上にだらんと腕が横たわっていた。なにか言おうにも唐突に喉が詰まり一言目がでてこない。一瞬ラドニコフへ目を向けようようとするも、その殺意に満ちた眼光を前に睨み返す度胸はとうていなかった。平静を装うかのように、はあ?だの、だからなんだ?というように何の思考も含まれていない返答で間を持たせようとした。といっても、その間になにか名案が浮かび上がるというわけでもなく、ただ、素直になっては屈辱的で自尊心が傷つけられるから、怯えたり困惑していない、お前など気にしていないのだと必死のアピールを試みているにすぎないのである。 「まあいい。どうせなにもこたえられやしないんだから。今日、家に帰ってから寝る前に考えてみろ。泣きながら眠れない夜をすごせ卑劣漢。明日きいてやるから。お前にどんな正当性があるのかぜひ示してくれ」 うるせえ、などと意に介してないように返答するも 「怯えなくていい、どうせ死ぬんだから」 口の中に唾が溜まって、これ以上うまく舌がまわらない。 「なにも正当性を主張できないお前が、なにを頼みに、どういう立場でそんな態度をとっているのか不思議でたまらんがな」 もはやここからは記憶が曖昧で、どうやって家まで帰ったか、その間になにを考えたかも朧気だ。ラドニコフの発したフレーズが絶えることなく反芻される。 なんと反論してやろうか、いや、どのようにして復讐してやろうか、俺をこんなにこけにしたのだから殺してもかまうもんか、と、この3つの思考が無限に繰り返されるのであった。 夜はすでに白みがかっている。明日が来ようとしている。どうすればいい。職場へ行かなければ、屈服したとみなされるし、行ったとてどのような顔をして赴けばいいというのか。吐き気がとまらず、ほとんどの感覚が失われつつあるなかで、冬の窓ガラスのように冷えた手指の感覚のみがしっかりと感じられた。
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