われわれは対等か

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「言わなきゃわからないほど愚かではなかろうと、しばらくの間見逃してきたわけだが、いい加減その評価を下してもよさそうだから今、はっきり言っておく。 自分はしたくないことを、なぜ私には押し付けて平気でいられるのか。どうしたらそんなことが正当化できるのか。お前のほうが偉いとでもいうつもりか。なるほどそれなら理解できる。では聞くが、いったいいつ私より偉くなったというのだね。生まれてその歳になるまでのどの時点で、どういうきっかけでそうなったのか。 なんという目つきで見ているんだ。なにが不満なんだ。どうした、気に入らないことがあるならはっきり言ってみたまえ。 ちなみに言っておくがね、「言わない」のと、「言えない」のは全く異なることだよ。お前はだちらだろうね。本当は言えないだけなのに、あえて言わないという選択を取ったと自分自身に言い聞かせて思考を停止させるだけではないか。これなら2歳児でもできるよ。一番簡単で楽で、誰にでもできることを、さも選び取ったのだと、そう思い込むことで、言えないという現実から目を背けようというのだね。それはそのとおり。なぜなら、考えなければ、盲目的に、一方的に自分が正しいと思い込んだままでいられるからね。反論なんか考えなくてもいいんだ。自分は今までの人生を清く正しく、慎ましやかに誠実な生き方をしてきているんだから、こんな頭の悪い野蛮人に対してわざわざ反論を用意なんかしてやらなくても自分のほうが正しいに決まっている、とそういうことだね。 でもね、なんでお前のその理屈にさらなる反論の余地がないと言い切れるんだ。いや、心の底から正しいと思えるならなおさら大声で主張してくれればいいじゃないか。・・・でも主張しないんだね。反論する機会を与えないくせに自分は正しいと思い込んだまま一方的に私を裁いて満足しようって魂胆なわけだ。 どうした、そんなにおびえなくたっていい。私のいったことについて、反論をひとつ想定してくれればいいんだ。それだけですべて済む話さ。私の主張に対してお前が反論し、そしてさらに私がまたそれに反論する。だからお前が正しいということを主張するのであれば、私がどのように反論するのかも想定したうえで、二手、三手先まで理論を構築していかねばならない。じゃないと私にコテンパンの粉みじんにされてしまうからね。お前がもし、自尊心がズタズタになるのが嫌だというのであれば、そうしなければならないというだけの話だよ。それが別に嫌じゃなければ、そこまで周到に準備する必要はないのだけれど。 つまりは、だ。いかにして反論を受けないような主張をするかを考えてはじめて、自身の主張を精査できるようになるのだけれど、今回に限ってはこの営みの結果、いよいよ「反論の余地がない」ということだけが徐々に浮かび上がってくるのだよ。考えれば考えるほど、自分の考えが間違っていた、という現実が近づいてくる。どうにもうまい反論が思いつかない。逃げ場が失われていく。今まで積み重ねてきた人生そのものが丸ごと錯誤であったということ、他人にふりかざしてきた正義がまったくでたらめであるばかりか、愚かな考えで自分よりも物事を理解していた人間に説教をかましてきたという極めて恥ずかしい真実と向き合う必要がでてくる。 そうなんだ!考えるということは都合の悪い現実にも目を向けるということであり、それを今までしてこなかったということは、自分の愚かで間違った主張や行動の責任を他人になすりつけて生きてきたという証明になるんだよ。お前、おまえ、いままでずっとそうやって生きてきたんだなあ。そんなこと、あるか?それが許されるほど特別な人間だったのか?そうじゃないよな。そうじゃないはずだよな、だって、有史以来、他人より偉い人間がいるという証明を成した者は独りとして存在しないんだから。その証明をまさか、お前がしてくれるのか、成し遂げたらそれはもう大偉業だよ。歴史に永久にその名を刻まれるよ。すごいもんだ。 ようやくわかってきたかい。己の欺瞞と不誠実が。言われるまでこんな簡単なことにさえ気づかなかったんだ。そんなに偉そうにしているもんだから、よほどお利口さんなのかと思ったら、まあ所詮こんなもんだ。2歳児とさして変わらないということだったんだ。ただただ自尊心だけが肥大化して、特別強くなるための努力もしてこず、自分は正しい生き方をしてきたんだと疑うことすらないままに数十年間を過ごしてきてしまったんだ。それが今の等身大のお前さ。 自分の感情を言語化する努力を怠ってきたから、なにも言えやしないだろう。そろそろわかったか?反論するってのはこれほどまでにコストが高い行為なんだよ。お前は一度もしてこなかったから知らなかっただろうがね。」
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