第1話 あなたの涙

1/1
60人が本棚に入れています
本棚に追加
/18ページ

第1話 あなたの涙

 窓から散る桜を眺めていた。  数本ある桜の木はとっくに葉桜になっていたが一本だけまだ美しく咲きピンク色の花が盛りを迎えていた。 (綺麗だな。あれだけ違う品種だろうか?)  勝也は25才になった。  専門学校を卒業してから飲料水メーカーの事務員として働いていたが違うことに挑戦したくなった。  何をやりたいのか。悶々と自分の心に問う日々。  必ず思い出すのは幼い頃にかじっていた空手だった。夢中で体を動かし上達していくのが楽しかった。  空手にまた関わりたくなってやっと転職して子供向けの空手教室のインストラクターになった。  空手教室で働きだしてに会ってびっくりした。  だってご近所に住む気になるあの人だったから。  ベランダで泣いていたあの人。  なぜだか胸を打つその姿に声をかけて慰めたくなってしまった。  今日は笑顔だったけれどなんで泣いていたのかな?    なぜか気になった。  育児で大変だから?  それとも旦那さんと喧嘩(けんか)したのかな?  何があったのだろう。  聞けないもどかしさ。  とても気になるんだ。  きっと俺はあなたに恋している。  一本だけ遅れて咲いた桜を眺めながら思った。  あの人は輝いている。  他の木に目がいかなくなってしまうこの桜のように自分の中で咲く気持ち。  心奪われてしまえばもう他の女性など視界に入らなくなってしまう。  あなたに話しかけたら歯車が回りだすだろうか?  勝也はきゅっと締めつけれる胸をそっと押さえた。  休憩室で時折り溜め息をつきながら青い磁器のマグカップを握る。目に映るのは、揺れる深く茶色の液体。  すっかり温くなって。  勝也はほろ苦いブラックコーヒーを一気に飲み干した。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!