ひと息、つけない。

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ひと息、つけない。

 まずは左足に重心を置き、右足でリズムをとる。  そのとき両腕は上に挙げ、手はパーの形。  足はそのままに、腕を顔の前でに曲げ……合わせてMの形を作る。  顔から胸にかけて両手でハートを描き、最後に一拍──と、こんなことをやっている場合ではない。  これだけギスギスした雰囲気の中で、振り入れのレッスンなんてやっていられるか!  ちょっと、講師のダンサーの方も、なんとなく分かるでしょうよこの感じ……少しはフォローしてくれませんかね? 「ここで5分、休憩入れましょうか」  先生が腕時計を一瞥(いちべつ)して、動きを止める。  その言葉を聞いて、これまで2時間ぶっ通しで踊り続けた私たちはすぐさま各自のリュックに駆け寄り、水筒やペットボトルを取り出して水分を補給する。これが至福の時間だ。 ……しかし、ほのちゃんは1人、汗を拭くでも水を飲むでもなく、そのまますっとこの場を立ち去ってしまう。レッスンがはじまってから5時間近く、空き時間ができる度にずっとこうしているのだ。 「……なんなんだろ、あの子」 「悔しい気持ちは分かるけどさ」  これにはメンバーからも大顰蹙(ひんしゅく)である。  もう…………このグループは、めちゃくちゃになってしまった。 「いまの振り入れもそうだけど……本番だって、どうすんの? これでお客さん相手にパフォーマンスする気?」 「──いや。それは私が許さない」  莉香ちゃんからの問いかけに、ドンちゃんがはじめて見せるような──険しい表情で即答する。 「いまはまだいいよ? デビューもしていないし、やっていることだって振りコピみたいな……普通の女子高生と変わらない、素人みたいなことだから」  そこでペットボトルのスポーツ飲料を一気に飲み干して、ぐしゃりと潰しながら再び口を開く。 「グループ内でギクシャクするのも分かるし……。だけど、お客さんの前に立った時点で“プロ”だからね。ステージの上でもこういう態度なら、私も色々と考えるつもり」  これはそう──嵐の前の静けさ、というやつか。今後の展開次第では、ドンちゃんが怒り狂って暴れ回る……ということも、あり得るかもしれない。  それほどまでに、私たち『7Step』はいま、不安定な状態なのだ。  休憩開始からきっかり5分、ほのちゃんが再びレッスン場に姿を現した。またここから、振り入れの指導がはじまる。 ──だが、7人全員でどれだけダンスを踊っても、チームの足並みはいつまで経っても揃わない。こんなに心の距離が開いてしまうと、本音は逆に閉ざされるもので……。  その後の食事、お風呂など、これまでみんなで一緒に行ってきた“決まりごと”にさえ、ほのちゃんはついに顔を見せなくなってしまったのだ。  彼女がいま、なにを想い、感じているのか? それは神すらも知らない、知るところなのである──。
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