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放課後は雑用からはじまる。
琴石 奈央、16歳。高校生です。
今年の春に入学して4ヶ月、部活には入っていなくて──委員会は、中学の頃と同じ図書委員をやっています。いまはまだ、ほとんど雑用係ですけど。
あ、でも、中学3年生のときは図書委員長をやっていたんですよ!
もともと本が大好きなんです……読むのも、書くのも。
ちょっと恥ずかしいけど、将来は作家になれたらな、なんて思ってます。
「……ああ、ダメだ! こんなの、とてもじゃないけど作家志望の文章じゃないよぉ」
私はひとり、スマートフォンを額にぺちぺちと当てつけながら悩みに悩んでいた。
委員会の先輩たちに誘われて流行りのSNSにアカウント登録してみたはいいものの、自己紹介のプロフィール作成にかれこれ1時間は費やしてしまっているのだ。
「こんなことしている場合じゃないんだけどなあ……」
そう。まだまだ仕事が残っているわけで。
チラシの印刷と、付箋貼り。これを18時までにやらないといけない。
「もうこれでいいや。あとは……グループに登録して……」
──さて、ここからが本番である。
私は山積みになった紙の束を一瞥し、気合いを入れるようにシャツの袖口を捲った。
図書委員会での雑用というのは、基本的にはプリントや書類等の作成になる。市内に配布されているチラシをかき集めて選別し(たとえば、パチンコ店の新装オープンの宣伝なんかは弾かないといけない)校内掲示板に貼り付けるもの、生徒会に渡すもの……と、チラシ1枚につきざっと20部ほどコピーして、それぞれに分かりやすく付箋をつけていかなければならないのだ。
なぜ図書委員がこんな仕事を……とも思うのだが、これがこの学校の図書委員会の伝統だと言うのだから仕方がない。きっと、初代委員長が相当なお人好しだったのだろう。
「就活マナー講習会……うわっ、胡散臭いけど、一応生徒会に渡しておくかな」
これは本当に──私の悪い癖というか、性格から来るものなのだろうが……ついつい独り言が口をつく。
「……アイドルグループのオーディション? これはアウトかな。掲示板の“変わり種バイト”のコーナーに貼ったら面白いかもしれないけど」
なんて、ぶつぶつ言いながら淡々と作業をこなしていくと。
……ゴーン。……ゴーン。
チャイムの音が聞こえてきた。
この重低音2回は、下校時間──つまり、18時の合図だ。
「結局、終わらなかったかあ。付箋貼りは家でやろう……」
まだ温かい紙の束を手に取り、無理やり通学鞄に押し込める。
外はいつのまにか、夕焼け色に染まっていた──。
「琴石さーん!」
突然、背後から呼び止められた。私の友人にはいないタイプの、元気の良い明るい声だ。
「……あ、飯田さん?」
声の主は隣のクラスの女子生徒、飯田 かがりだった。男女ともに人気があり、クラスの中心グループ内でもリーダー的存在。そんな飯田さんが私なんかに用なんて……カツアゲくらいしか頭に思い浮かばない。
「ほら、コレ……」
彼女はそう言いながら、1枚のA4サイズの用紙を差し出す。それは先ほど私がコピーにかけた、刷りたてほやほやのチラシだった。
「琴石さんもこういうの興味あるんだね」
「……え?」
突然どうした。彼女はなにを言っているのだろう?
「実はさ……私も受けようと思ってるんだよね」
「な、なにを?」
「えっ。だから、その……オーディション?」
はあ!? オ、オ、オ、オーディション!?
「友達にもなかなか言えなくてさ。仲間がいると思うと心強いよ」
「あ、あの……あなたはさっきからなにを……」
……あ。なるほど。このチラシは…………そう、例のオーディションの案内だ。ネタ枠採用で持ち帰ったのは判断ミスだったか……?
──いや、待てよ。
じゃあなにか、つまりこの人には、私がアイドルになりたがっているように見えるのか? アホなんじゃないか!?
「いや、あの、ちがくて。これは図書委員で……」
「ねっ。これから仲良くしていこうよ!」
うわあ……陽キャのオーラを放っていらっしゃる……。
「あっ、ていうかツイスタ始めたよね?」
「ツ? ツツツ?」
なに? あの、赤とか青とか踏むやつのこと?
「ほら、ツイスタ。さっきウチの学校のグループ入ってたから」
……あ。あれだ、SNSだ!
「う、うん。初心者だけど」
「じゃあさ、友達申請していいかな? オーディションのことで相談とかしたいし」
「…………い、いいけど」
頼む……頼むから、まずはその勘違いをリムーブしてくれえっっっ!!!!!
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