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吉井 穂花の美しい嫉妬。
「ほら、もう起きる時間よー」
ママの声と目覚まし時計のアラームが、交互に私の耳を揺らす。
只今、AM4:20。いつも通りの起床時間だ。
「おはよう」
少しだけ駆け足で階段を降りる。
「はい、おはよう。早く食べちゃいなさい」
テーブルの上にはトーストと目玉焼き、それにウインナーが並べられていた。
「パパは?」
「車にケースを積むからって、先に出ちゃった」
「……あ。そっか、ホワイトデーあるもんね」
「そうそう、今日は大変よ」
私の名前は吉井 穂花。花屋の娘で、毎日朝からお店の手伝いをしている。
その仕事内容は意外にハードで、5時起床は当たり前。特に月、水、金曜日は仕入れがあるので、今朝のように、さらに早起きをしなくてはならない。
「パパ、おはよう〜」
「おはよう穂花。もう準備出来てるから、乗って乗って」
……こうして私は、いつもパパの仕入れに付き添っているのだ。
朝4時に起きて片道30分──なんて、はじめは辛さしか感じなかったが、いまではこの車内でパパの好きなectoplasmを一緒に聴きながら、学校のことや友達について話す何気ない時間を、とても大切に想っている。
「……じゃあ今日は、穂花に花を選んでもらおうかな?」
「えっ! 私、絶対センス悪いよ!」
「これも勉強だと思ってさ。好きな花を買ってごらん」
小学生の頃からこうして実際に市場を歩いて花を見て回っていたので、口ではああ言ったが多少は自信がある。今日の仕入れは──。
ホワイトデー時期に合わせて、ガーベラや、バリエーションの多いラナンキュラスも良いけど…………私の好みで選ぶなら、やっぱり“スイートピー”かな。
花言葉は『ほのかな喜び』。
私の名前の由来にもなったこのスイートピーが、街の人々にホワイトデーの愛のお返しとして届いてくれたら……。
「おおっ、穂花はこれを選んだのか」
「うん。……別離、っていう意味もあるから悩んだんだけど」
「いやいや。この場合は『門出』の意味だからマイナスの解釈じゃないよ。パパもスイートピーは好きだなあ」
花のことについて、パパやママに褒められるのは、なによりも嬉しい。
……うん。たとえプラスの意味合いだとしても、まだしばらくは私たちに『別離』はないよね。
──と、思っていたのは数ヶ月前のこと。
私はいま、アイドルグループの一員として活動している。
お店の手伝いもなにもかもを投げ出すことになるのに、それでも笑顔で送り出してくれたパパとママ──そんな2人がお別れの日に送ってくれたこの立派な花束に誓って、私はここで結果を出さなければならない。
…………そのために、いままで本気でやってきたじゃないか。
ectoplasmや窪谷社長のことも事前にとことんネットで調べたし、オーディションに着て行く服もかなり吟味した。レッスンだって手を抜かずにやりきったはず──なのに。
それなのに、はじめてのオリジナル曲でセンターに選ばれたのは、私ではなく、栞菜ちゃんだった。
もちろん、あの子の凄さや努力も見てきたし、本当は祝福したい気持ちでいっぱいだ。彼女がセンターに選ばれたことに文句もない。だけど、この胸のモヤモヤが…………。
──私って、最低な奴。
勝手に逆恨みして、引くに引けなくなって……素直になれないまま、みんなから孤立してしまっている。
……どうしても涙が止まらず、ふと花束に目をやる。
『門出』を意味する私の大好きなスイートピーを中心に、青や黄色の薔薇、カルミア、オオイヌノフグリ──と、色とりどりの花が包まれていて、相変わらず美しい。
…………そういえば、黄色の薔薇には『嫉妬』の意味があったっけ。あはは、いまの私にぴったりだな。
泣き笑いしながらそれに手を伸ばすと、パラリと1枚の紙が落ちてきた。
「──これ、中に……?」
花束にメッセージカードが添えられていたのだ。
何故、いままで気がつかなかったのだろう?
穂花には教えたことがなかったかもしれないけれど、黄色の薔薇には『友情』という意味の花言葉もあるんだよ。
もし、いつか穂花が嫉妬するくらい素敵な人に出逢えたら、この花をプレゼントしてあげてほしい──そんな願いを込めて、いま、この花束を作っています。
パパとママより
私はその日、部屋で一晩中、ずっと泣き明かした──。
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